シリフ霊殿
Schild von Leiden

月を穿つ
 今日の主は妙に身体を触ってくる、と三日月宗近は感じていた。
 触られること自体は不愉快な行為ではない。スキンシップという言葉もあることだし、親愛する者に触れられるのは心地がよいものだ。実際普段は笑ってするがままにさせている。
 だが今日はどうにも様子が違った。平素のように頬や髪など撫でたりはせず、その上で揺れる髪飾りを撫で、草摺を着けた狩衣を撫で、手甲を肘まで辿って撫で、腰に佩いた太刀の柄を撫でる。まるで何かを確かめるかのような動作に、違和感とむず痒い思いを禁じえなかった。……折角、主に呼ばれて赴いてきたというのに。
「主よ、俺の服に何ぞあるか」
 耐え兼ねて布地をなぞる手に己のそれを重ねる。指摘された審神者はしばし躊躇った後、苦笑いと共に吐き出した。
「やはり何処に着けても邪魔になるなあと思って」
「邪魔、か」
 改めて自身を一瞥する。成程、元の刀剣のこともあって綺羅びやかな身形と思われるが、装身具の類は防具としての役割を果たす程度にとどめられている。余計にあっても戦の妨げとなるだけなので、極めて当然といえよう。
 何か着けさせる心算だったのかと問えば、再度苦笑してから懐に呑んでいたものを取り出して見せてくる。それは薄い金属製の飾りで、何処かに取り付けられるよう小さな金輪が付いている。細く板状になった部分に、繊細な字体で三日月宗近の名が彫り込まれていた。やや簡素だが愛らしい装身具である。
「お前が戦で死んだらその身体はどうなるのだろうと、ふと気になって」
 そう、ぽつりと呟く。
 此度の戦で戦うのはひとではない。それは相手もこちらも同じことだった。既にひとに近い姿さえ成していない彼らを斬っても死体は残らない。その場には砕けて地に落ちた、ただ一振りの刀剣が在るのみ。そうした鉄の塊が無数に散る戦場で、たとえ目の前のこの名刀が力尽き斃れたとしても、それを認識出来るかどうか。眩く輝く三日月も、折れて土に汚れればきっと判るまい。
「これはお前の身体の内ではないから、お前の亡骸と共に遺るだろう。そうしたら、せめてお前の身体だけでも、ここへ連れて帰って来てやれる。形見にしてもやれる」
 そう思ったのだけれど、着けて戦の邪魔になってしまっては意味が無い。あちこち探してみたが、どうやらこれをぶら下げておくのに塩梅が良い処はないようだから止めにした。
 すまなかった、と一言謝って、 主の手は三日月宗近から遠ざかった。意図せず掴んで引き留める。
「……主」
 未だ終わりも見えぬ内から縁起でもないことを言ってくれる。仮にも部隊長を務める身、たとえ四肢を失おうとも主君のもとへ帰って来る心算でいるというのに。誰よりも勝利を願っていて欲しい相手がこれでは身を賭す甲斐が無かろうというものだ。文句を言えばきりがない。そもそもこの主は平素から何処か鈍いので、このような思わせぶりな夜などは特に胸を焼き焦がすことしきりである。
 だが。掴んでいない方の手には相変わらず例の飾りが握られている。実際に着けたならば、恐らくは髪飾り程度にしか邪魔になりそうにない形状と軽さ。職人が技術を凝らして作ったのであろう。審神者が三日月宗近の身を証すのに、どれだけ苦心を重ねたか、どれだけ執心したのかが読み取れる。
 せめてその心だけでも身に着けておきたい。
「この程度であれば、俺の懐にも入るな」
 互いの両手を合わせるようにして握り込み、隙間から零れ落ちた金板を掬う。突然の行動に茫然としている主の眼の前で、所有の証をちらちらと振って見せた。
「それとも主自ら、俺の耳に穴でも開けてくれるか」



ロック機能って何やってるんだ→首輪?→おじいちゃん首に飾りある→じゃあドッグタグで。
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