幸村がこちらの世界で暮らすのに必要なもの。
食べ物と洋服と現金と、と考えていたが、肝心なものを忘れていたらしい。
「男物は私は分からないからな……適当に見繕ってもらってくれ」
「承知いたした!」
「気に入ったら試着してそのままでも構わないしね」
「試着……とは、この場でこの服を脱ぐので?」
「まぁそうなるね。着替えるのは向こうの……」
「は、破廉恥でござるぅぅぅ!!」
「だから着替えるのは向こうの試着室でだと言おうとしたんだけど……」
常識、というものを。(ご丁寧に洋服売り場全体に響くような大声で怒鳴ってくれた)
洋服売り場のみならず、靴売り場では靴紐の結び方に難儀するし、
ペット売り場ではハムスターに感動してケージの前から離れなくなってしまった。
救いがあるとすれば、鍋を持つ手間が省けた事くらいだろうか。
折角デパートまで来たんだから何か食事をして帰ろう、と言い出したのは、
もしかすると肉体だけでなく精神的な疲労を感じての事だったのかもしれない。
和風甘味の店を示し、寄って行こうかと提案すると、幸村はあっさり承知した。
餡蜜やら団子やら善哉やらを頬張る彼を見ていると、何とも言えず心が和む。
親は自分が食べるより子供が美味しそうに食べるのを見るのが幸せなのだという、
いつか何処かの本で読んだ一節を思い出して苦笑が漏れた。
当の幸村はとりあえずメニューの甘味を片っ端から注文したらしく、
蜜豆、抹茶蜜豆、黒蜜豆、みたらし、餡団子、餡蜜を制覇し、嬉々とした表情で善哉に取り掛かっている。
「君は食べている時が一番幸せそうだね」
思わず声を出して笑うと、幸村はスプーンを動かすを止めてじっと私の方を見た。
スプーンを口に咥えたままこちらを見ているのが子供の様で可愛らしい。
「何かな?」
「……やっと、お笑いになられましたな」
「私が今まで笑っていなかった様な言い方だね」
確かに彼と出会ってからこちら苦笑か溜息しか漏らしていなかった気もするが。
注文したお茶を啜りながら言うと、幸村はきっぱりと肯定した。
「笑っておられませんでした!」
それはもうこちらが自覚があるとはいえ腹が立ちそうな程きっぱりと。
「あ、いや、確かに笑った事は何度かござったが、それは何と言うか……」
スプーンを咥えたまま、必死に言葉を探す。
「#奈々殿の本当の笑顔では無いような気がいたしましたので」
私は黙って湯呑みをテーブルに置いた。
「……どうして、そう思ったんだい?」
「勘でござる」
「……」
またこの男は腹の立つ程きっぱりと。
「今までさして疑問も持たずにいたのですが、某を見て笑っておられた時にふと。
ああこの顔が#奈々殿の本当のお顔なのだ、と思いまして」
言いたい事は恐らくそれだけだったのだろう、幸村はまた甘味を口に運び始めた。
私はといえばその幸村を酷く不思議な気持ちで眺めている。
そうか、私はこの男を見て笑っていたのか。指摘されるまで気が付かなかった。
愛想笑い、というのは日本人が生まれながらにして体得しているものだと思う。
相手を傷つける事無く、不快にする事無く、不必要に近付かせない為の手段。
私は偶然その愛想笑いを多用する機会に恵まれて、使い慣れてしまった。
どんな人間相手でも、無意識の内にそれを使ってしまう程度には。
それが、この男の前では愛想などという言葉を気にせず笑っている事が出来る。
「……君を拾って良かったと思うよ」
「む?」
呟いた独り言はどうやら聞こえていなかったようだ。
私は何でもないよ、と誤魔化してメニューを手に取る。
「追加でもう一つ頼んであげよう。抹茶パフェでも食べるかい?」
「ぱふぇ?」
「食べれば分かるよ」
少しは夢小説らしく距離を近付けてみようとする