シリフ霊殿
Schild von Leiden

螺旋の虎
 あ、そうだ、銀行に寄って行こう。
 不意に、という訳ではないのだけれど思い出して、急ぎ近くのATMに向かう。
 ……改札のICカードに見惚れている幸村を引きずって。
「#奈々殿、この関所には関守は居りませぬのか。
 手形を触れさせるだけで通れるとは……関銭は何処から取るのでござろうか」
「頼むから駅を出るまで黙っててくれ……!」
 ほんの少しの後悔と共に。



 最初に残高を確認。予想はしてたけど殆ど減っていない。
 まぁ、使ってもいないし使い道もないし。
「幸村、この世界にいつまでいるのかとか、目処はついているのかい?」
「……申し訳ございませぬ」
「いや、そういう意味で言ったんじゃないよ。気にしなくて良い」
 ひとまずは一か月分あればいいだろうか。
 大体で計算して、預金を引き出す。
 画面のボタンをタッチして出てきた紙幣を見て、幸村がまたおお!と声を上げた。
「はい」
 重なってある程度の厚みをもったそれを、彼の手の上に無造作に投げ出す。
「? 何でござるか?」
「この世界のお金だよ。貨幣も使うが、こういう紙のものもよく使う。破るなよ」
「むぅ……」
 一枚手にとって、透かしに驚きつつもしげしげと眺めている。
 多分、その紙切れ一枚がどのくらいの価値なのかも判っていないのだろう。
「この一枚で団子は買えるのでござろうか」
 案の定。
 苦笑しながら解説してやる。
「そうだな、大体団子一本百円だとして、百本買える計算になるね」
「ひゃ……!」
 予想以上に驚いた幸村は、危うく札束を取り落としそうになった。
「当然だろう、それが君の当面の生活費なんだから」
 それと、今日の買い物代。
「ここ、このような大金を#奈々殿は一体何処で……」
「両親から」
「え?」
「両親が死んだ後私の物になった金なんだ、それは」
 いわゆる遺産相続。
 本来なら親戚にも分配される筈なんだけれど、何だか色々複雑だったらしくて、
 紆余曲折の後に結局私が全額相続する事になった。
 今の私の月収からすると結構な額なのだけれど、あまり嬉しくはない。
 これといって使い道は思いつかなかったし、大学を出た今では学費もいらない。
 ただこれを目当てに親戚が言い寄ってくるだけの、厄介な代物だった。
「残念ながら今の私にはいらないし、あっても迷惑なだけだ。
 だからこの機会に、君の為にという名目で使い切ってしまおうと思ってね」
 親戚、特に一番執着していたあの夫婦は五月蝿いだろうが気にしない。
「し、しかし……」
「君の笑顔を買う為の代金だと思って、受け取っておいてくれないか?」
 言ってから我ながら臭い台詞だと思ったけれど、
 幸村が真っ赤な顔をして俯いてしまったので言い訳はしない事にした。



「さあ、改めて買い物に行くとしようか」
「はいでござる!」
「珍しい物が一杯だろうけど、騒ぎすぎないようにね」
「はいでござる!」



単純に幸村が現代を謳歌する話になっている気がする……
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