シリフ霊殿
Schild von Leiden

饅頭ウラミウタ
「さすけぇぇぇ!」
 ズダァン、と物理的にありそうにない音を立てて障子が開く。
「なーにー#奈々ちゃん随分と不機嫌そうだね」
 俺は一応顔を上げて応対する。
「ああ不機嫌も不機嫌、こんな城の一つや二つ焼き討ちにしてやりたい程度には不機嫌だよ……!」
 怒りのままに掴んだ障子がみしみしと悲鳴に近いような音を上げている。
 やがてそれはベキッという不吉な音を立てて骨組みごと握り潰された。
 ……あれ、こないだ丈夫な奴に入れ替えたと思ったんだけど。
 主に大将と旦那の殴り合いに備えて。
 おっかしいなぁ受注間違えた? (真面目に考えてはいけないと俺の頭が警告している)
「何かあったの?」
「何も無かったと思う?」
「ごめん質問の仕方間違えた。何『が』あったの?」
 尋ね直すと#奈々ちゃんは掌に残った骨組みの破片を握り締めながら怒鳴った。
「幸村が!あたしのお饅頭食べた!有名老舗の、大事に取っといたのに!」
「……あー」


 さっきから旦那が押入れの中で震えてる理由はそれか。


 そういえば「食べ物の怨み」って、男より女の方が多いらしいね。
 どうでもいいけど。
「そういう訳で、幸村知らない?」
「旦那ならそこの押入れの中だけど」
「ざずげぇぇぇ!」
 後ろの押入れを指差しながら正直に白状すると、涙声の旦那が飛び出してきた。
 俺の胸倉を掴んでぐらぐらと揺さぶる。苦しい。
「何故黙っていなかった!」
「え、だって黙ってろとか匿えとか言われてないし」
 正直いきなり押入れに飛び込んだ時はいい年をしてかくれんぼかと思ったくらいだ。
 てか、え、そんな旦那が怯えるほど#奈々ちゃんって怖いの?
「幸村」
「も、申し訳ございませぬ#奈々殿……某つい」
「歯を食いしばれ」
「#奈々どぐはぁ!」
 思わず傍に大将がいないか探してしまった。それくらい見事な飛びっぷりだった。
 顔面をもろに殴られた旦那はそのまま吹っ飛び、
 確かにこの間換えたばっかの障子を盛大に破壊して庭に叩き付けられた。
 ……うん、やっぱこの障子受注ミスだよ絶対。こんな大穴あくなんてさ。
 ようやっと身体を起こした旦那に、#奈々ちゃんがゆっくりと歩み寄る。
「で、どーお幸村、あたしのお饅頭は美味しかった?」
 怖いくらいに笑顔だ。
「うむ、実に美味でござった」
「ばっ……」
 旦那のお馬鹿、そこはそんな胸張って言うところじゃないでしょうに。
 正直に言うにしてももうちょい殊勝な態度とりなさいよ。
「そーかそーか、もっぺん歯を食いしばれ」
 壮絶な笑顔のまま、再び#奈々ちゃんが拳を振り上げる。
「え、あの、#奈々……殿?」
「さっきのは饅頭の分の怒り」
 にっこり。
「そしてこれがあたしの分の怒りだぁぁぁ!」
「ぐはっ……!」


 そんな理不尽な。
 や、言う度胸は俺には無いけど。


 とりあえず障子受注しなおさなきゃ、そう思った。
 今度はもうちょい丈夫なやつを。
 え、何、これ以上丈夫なのは無い?マホガニーか何かあるでしょ。
 この二人+大将の殴り合いに耐えられるくらい丈夫だったらそれで良いからさ。
 いっそ鋼鉄にしておくとか。職人に頼めば出来ない事も無い筈だから。
 そんな鉄があったら大筒に回せ?この二人と大将がいれば大筒いらないんじゃないの、うち。
「とりあえず旦那、鼻血拭いて」
「うむ」
「佐助ぇ」
「分かってる、卯月屋のお饅頭でしょ」
「うん」
 ああもう。
 頼むから俺にだけはその拳向けないで下さいね。



かっこよさ瓦解
前<< 戻る >>次