シリフ霊殿
Schild von Leiden

鬼の嫁獲り
「#奈々、今日こそ俺と一緒に船に乗ってもらうぜ!」
「……ハッ」
「は、鼻で笑った!元就あの子今鼻で笑ったよ!?」
「当然であろう、我の妹ぞ。海賊如きに容易く御せる女ではない」
「如きたぁ聞き捨てならねえなぁオイ」
「我でさえ手を焼いた希代のじゃじゃ馬娘だからな」
「え、マジ?」
「幼少の時分から、何度熱い茶の入った湯呑を投げつけられたか知れぬぞ」
「……苦労したんだな、お前も」



 我ながら厄介な女に惚れたものだ、と思う。
「なぁ何でだよ#奈々、そんなに俺と船に乗るの嫌か?」
「嫌」
「……そーかよ」
 しかも更に厄介な事に、それでも自分はこの女を諦める術を知らないのだ。
「大体お前が船操れんのか?泣いてばっかの姫若子が」
「バッ、お前そりゃ昔の話だろ!?」
「三つ子の魂百までって言うだろ。あたしに笑われただけで兄貴に泣き付いた癖に。
 相変わらずの泣き虫なんだな、お前」
「ぐっ……いらん所ばっか兄貴に似やがって……」
 何を言われても罵られても堪える事が出来るのはこの想い故。
「そうかそうか、希代の策士を兄に持った事は今じゃあたしの誇りだ。嫌なら失せな」
「失せねーよ!お前の事大好きだもん!」
「そうかそうか、消えろ」
「酷くなった!」
「何だ、死ねの方が良かったか?」
「……う、うわーん元就ー!」
「煩瑣い」
 それでも再び泣きつきそうになった元親の顔面に、何かが投げつけられた。
 大きな割に柔らかそうな音と感触で、元就の手を離れた後、ぼふんと元親の顔面から地面へ落ちる。
「っつー……」
 まぁ、痛い事に変わりはなかった訳だが。
「痛ってぇな何すんだいきなり!」
「其方ら二人が揃うと喧しくて敵わぬ。それをくれてやる故疾く去れ」
 柔らかい感触の正体は、風呂敷に包まれた布団だった。 
 丸められたそれの中には、#奈々が普段使っている日用品などが納められている。
 先刻の問答の間に纏めたのだとすれば随分な早業だ。
「おい兄貴!」
「女など駒にもならぬ。貴様のような人間は、鬼共と戯れているのが似合いよ」
「おい元就、さっきと言ってる事矛盾してんぞ」
 鬼の頭のもっともな突っ込みは軽く流された。
「幸いにも荷物は昨晩其方の部屋に纏めておいてあったのでな」
 途端に、怒鳴りかかろうとしていた#奈々の動きが止まる。
「兄貴、まさか……見てた……のか?」
「聞こえたのだ。荷造り一つに何故あそこまで葛藤して叫ぶ必要がある」
「や、だってそりゃ……」
 ちらりと#奈々の視線が元親の方へ向く。
 元親が視線に気づいてそちらを向くと、ものすごい勢いで逸らされた。
「おい、#奈々」
 声をかけると、#奈々の身体がびくりと震える。
「お前まさか」
「ううううるさい超乳首!」
「ちょ、それ流石に酷くねえ!?」
「反論は認めぬ。超乳首」
「お前もかよ畜生!ほんと嫌な所ばっか似てんなこの兄妹!」
「人質扱いという事にでもしておいてやる。さっさと連れて行け」
「連れて行けってあのなぁ、猫の子じゃねぇんだから」
「……」
「分かった、分かったからその輪刀を仕舞え」
 元就の醸し出す雰囲気が尋常でない事を悟った元親は、
 禁じ手・縛が発動する前に#奈々の手を引いて素早く踵を返した。
「ちょ、お前何勝手に決めて」
「行かなきゃお前の兄貴に殺されっだろうがよ!」
 振り返りもせず慌てて船に飛び乗ったお陰で、元親は輪刀を下ろした元就の表情も碌に見ていなかった。



「……情けねえ、なぁ」
 奪うのが身上の海賊が、とっときのお宝を熨斗をつけて押し付けられた。
 出航後改めてその事実に気づいた時は、後悔こそしていないが矢張り少々落ち込まざるを得なかった。
「嫌ならあたしは今からでも降りるからな」
「いやいやいやいやその必要はねえ」
「……必死だなおい」
「そりゃまぁ、な」
 とはいえ、一度手に入れたお宝をそう簡単に手放しはしないのもまた海賊である。
「落ち着いたら、あいつの好物でも礼に送ってやろうぜ。#奈々、何か知ってっか?」
「……餅」
「へー、元就って餅好きなのか」
「毎年正月が来る度に食いすぎか喉に詰まらせて死にかける」
「だはははは!面白えなお前の兄貴」
「兄貴を愚弄するな!」
「じゃあ恥話なんかすんなよ!」



企画サイト様へ
前<< 戻る >>次