シリフ霊殿
Schild von Leiden

イノベイターはミスティ・ブルーの夢を見るか?
 夜中の徒然、ふと口を開いた。
 目の前のモニターには無機質な待機画面。そういえば仕事が終わって消すのを忘れていた。
「……#ナナ・#ヘヴンフィールドが、ティエリア・アーデに質問」
『AIでは無いのだから話しかけられれば分かる。何だ』
 返って来るのは音声のみ。
『#ナナ、質問は何だと聞いている』
「量子型演算コンピューターは、ミスティ・ブルーの夢を見るか?」
 思いついたように発した言葉の割には声音にある種の覚悟が篭っていた。
 自分の目はぼんやりと、けれども自分でも驚く程真っ直ぐにモニターを見つめている。
 ただの呟きのような、しかし確実に何かが籠められた言葉。
 眠りに関する単語を彼に対しての禁忌とするのが不文律として存在したので、
 あえてその話題を持ち出したという事実に尚更真剣味が募った。
『見ない』
 一瞬の沈黙の後、それでもきっぱりとティエリアはそう言った。
「……理由を」
『AIを始めとするコンピューターシステムに、レム睡眠に相当する機能は無い。
 勿論随時データやログの整理は行われるが、それをAIが意識下に置く事も無い』
「スリープモードでも?」
『あれは指示があるまで演算を停止させているだけだ。基本機能に変更は無い。
 AIもスリープ時は思考を停止させる、つまりその間の意識は存在しない』

 ……そうで良かったと思っている。 

 最後の台詞は不図漏れたのか、それとも態と漏らしたのか。
「……そっか」
 結論が出されても、あたしはしばらくモニターを見つめるのを止めなかった。



 確かに彼の言葉が正しければ、コンピューターもAIも夢など見ないだろう。
 けれども、彼は?
 イノベイターとはいえ人間として生き、人間の心を持ち、その心をそのままコンピューターに滑り込ませた彼ならば?
 スリープ中にも思考を停止させず、意識を保ち、或いはログを意識下に浮かび上がらせてしまう事は無いか?
 無論飽くまでそれは現段階で推測の域を出ず、実際の事は彼が『眠る』その時まで分からないのだけれど。
 ……もしかしたら、彼は。





『君にしては唐突だな。何か理由でも?』
「んー、いや別に……」
 ふいと視線を逸らし、意味も無くキーを押して待機画面を解除する。



「そういや今日はティエリア未だ出て来てないなと思っただけ」



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