シリフ霊殿
Schild von Leiden

イノベイターはミスティ・ブルーの夢を見るか?
 ある日いつものように目覚めて起きて、伸びを一つして、どれニュースでも見るかとパソコンのモニターをつけた。
 響いたのはアナウンスじゃなく電子音で構成されたド派手なファンファーレ、
 そして画面上に踊る『Happy Birthday』の文字。



 そういえばあたしは他のクルーに誕生日を教えていない。
 守秘義務がどうとかじゃなくて、単純に興味が無いだけ。
 いや、誕生日っていうのはある程度の年齢になるとね、大きくなるのを待ち侘びる日から歳を取るのを恐れる日に変わるんだよ。
 とにかくそんな訳でトレミー内にあたしの誕生日を知る人は居なかった筈だ。
 ……ただし約一名の例外、トレミーの乗員全員の個人情報を一手に纏めて管理してる彼を除いては。
「よしよし、#ナナは酷い子ねぇ」
「僕はっ……わたしはっ……」
「ちょ〜っと考えればティエリアの仕業だって分かりそうなものなのに」
「……あの」
 ええ、流石に見た瞬間「うわ何これうっざ」っていうのはちょっと、
 今思い返しても自分でも無かったなと思います本当にすみませんでした。
「ほーんと、#ナナはティエリアを苛めるのが好きで困っちゃうわ」
 ティエリアを膝の上であやしながら、あたしを意味深な目で見てくるスメラギさん。
「いえ、別に好きで苛めてる訳じゃ」
「好きじゃないなら尚更酷いじゃないの。無意識下でやられる方がきつかったりするものよ」
「はあ」
「そ・れ・は・い・い・と・し・て、」
 にっこりと美しい笑顔が逆に怖い。
 これは、あれだよね、ティエを慰めた後で絶対何かさせられるよね。
 酒を買って来いとか酒を買って来いとか酒を買って来いとか。
「貴女、ティエリアに言う事があるでしょう?」
「……はい」
 スメラギさんの膝に突っ伏しているティエリアの表情は窺えない。
 もしかすると振りでなく本当に泣いてるのかもしれないけど、
 ホログラムの姿で涙を流したって服は濡れない。だから分からない。
 そもそも本当に泣いていたって隠し通す事も今は容易なのだ。
 けれどもまぁ凹んでいるのは事実だろうから、
「ええと、あの……すいませんでした」
「どうティエリア、許してあげる?」
 伏せられた首がゆるゆると横に振られた。何こいつムカつく。
「何じゃあどうしろって、」
「#ナナ」
 アルコール片手のスメラギさんが真面目な声を出した。
 もう片方の手ではティエリアの髪を優しく撫で続けている。
「どうしてこの子がこんな事したのか位考えてみなさい」
「……」
「全く、コンピューターより人間の機微に疎くなってどうするの」
 モニターにお祝い画面を出したのは、他に祝い方が見つからなかったから。
 ケーキやプレゼントを買って来る事なんて勿論出来ないし、
 パーティにしても食べる事も飲む事も出来ない彼が参加するのは逆に苦痛だろう。
 だからせめて言葉で、という結論。
 そして彼に、自分でお祝い画面をデザインする程の器用さは無い。
 従ってあんな頭の悪そうなテンプレ映像を使わざるを得なかった訳だ。
 その位は一応分かっている。
「辛いでしょうね。出来る事と出来ない事が、こうもはっきり分かれてしまうのは」
「……」
 ティエリアは顔を上げない。未だ泣いているのか。
 昔は意地でも他人に自分の弱味なんて見せなかったのに。
 世界が平和になってからティエリアは随分と甘えん坊になった。
 正確に言うとヴェーダと融合した時から。死なない身体になってから。
 時を惜しんでいる、なんていうのは詩的すぎる言い方。
 多分、ゆっくりゆっくりと、悲しんでいるのだ。
 自分を愛した存在が、自分を置いて遠くへ過ぎ去っていこうとしているのを。
 そして今はその中から一つでも多く、何かを救い上げようとしている。
 あたし達が居なくなった時にはきっとそれを抱いて眠りにつくのだろう。
 それが幸か不幸か、救いになるか重荷になるかはあたしには知りようが無いけど。



「ティエリア」
「……」
「……ありがとう」
 それで少しでも長く彼が笑っていられるのなら、とまぁ、思う訳だ。



 泣いているかと思ったティエリアの表情は驚きに満ちていた。
 瞳と目の縁だけがこれ見よがしに赤い。
「……」
「何、その沈黙」
「……本気で言っているのか?」
「祝われて礼も言わない不調法者じゃないよ、あたし」
「君ならやりかねない」
「……」
「待って#ナナ、気持ちは分かるけど落ち着きなさい」
 いやいや大丈夫だって最新鋭のスーパーコンピューターだもんホログラムだもん、
 アルコールちょっとぶっかけた位じゃ多分壊れないって大丈夫大丈夫放して。
 早くしないとティエリアまた顔伏せちゃうからほらあーあ。
「……まぁね」
 背中にでもぶっかけてやりたい衝動を抑えてアルコールの容器を下ろす。
「一応祝って貰ったからには感謝の気持ちは感じてるんですよ、とりあえず」
 これで信じて貰えない理由が日頃の行いとかだったら今度こそぶっかける。
 毎度毎度お前に構うのにどれだけの手間がかかると思ってるんだ。
「だから……あー……ティエリア誕生日いつだったっけ」
 誕生日か製造日かすら定かじゃないけれども。
「一応あたしもその日にはちゃんと祝うから、さ」
 パーティをやらないとするとプレゼントか。やっぱりソフトウェアかな。
 今ヴェーダに入ってるソフトのバージョンアップとかあったっけ。
 それとも意表を突いてボーカロイドとかもありかな、この間復刻版出たし。
 あれなら多分適当に弄ってれば暇も潰せるだろうし……
「#ナナ」
 スメラギさんが苦笑して、膝に乗せていたティエリアをひっくり返した。
 微妙に泣いた跡の残る瞳は閉じられていて、線の細い胸が静かに上下している。
「寝ちゃってるわ」
「……」
 まぁ多分、ホログラム出したままデータ整理の真っ最中とかそんなんですよね。
 ビジー状態で砂時計出てるだけなんですよね。

「人が珍しくデレてやったのにってか眠らないどうこう言ってた癖に、寝るなぁぁぁぁ!!」
 まぁ腹が立つ事には変わりないけど。





「ティエリア」
「・・・」
「照れてるの、寝た振りして誤魔化したでしょう」
「・・・何の事ですか」
「良かったわねぇ、誕生日祝ってくれるって」
「・・・」



ティエリアってあんまりセンスは良くないと思う。興味がなさそうというか
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