シリフ霊殿
Schild von Leiden

イノベイターはミスティ・ブルーの夢を見るか?
 死んだ人間の事をうじうじ言いたくも無いんだけど、やっぱりロックオンの存在っていうのは大きかったんだなぁと思い知る。
 思えばティエリアが人間っぽくなり始めたのは彼が居なくなってからだ。
 勿論それを悪い事だとは言わないし、ヴェーダと融合したからって前のように機械っぽくなる必要も無い。
 ありのままの彼で良いしこっちだってそれを受け入れる気でいる。
 けれども。

『今頃起きたのか。規則正しい生活は健康維持の要だというのに』
「邪魔だよあんたは何やってんの」
 ほんっと無意味に扱い辛くなったなこいつ。





 確かにこのコンピューターはトレミー据付の、ヴェーダの直轄端末だ。
 ティエリアの支配下に入るか否かで言えば当然入るだろう。
 それでもまさか起動しただけでモニター全面に人の顔がドアップになるなどと誰が思うだろうか。
 しかもそいつは整った顔に似合わず実に腹の立つ正論を滔々と述べて来る。
 (大体どうしてあたしが二度寝した事まできちんと知っているのか)
 邪魔の一言くらい言ってしまっても仕方が無いと思うんだ。
「すいません拗ねるならモニターの外でやっていただけませんか」
 ホログラム出して良いからさぁほら。
『……』
 そうやって隅にずれてもきちんとモニター面積の半分は占領してるんです。
 何?膝抱えて拗ねたって可愛いとか思ったりしないよ?
 チラ見でこっちに訴えかけても対応変わらないよ?
「ねーちょっと本当このままじゃ何も出来ないからさぁ」
『……急ぎで仕上げる仕事など無いだろう』
「無いよ無いけど仕上げたい仕事はあるんだよ!」
 ぶっちゃけこれ終わらせればしばらくする事無いんだよ。
 折角だから休暇取って久し振りに地上にでも降りようかなとか思ってるんだよ。
「という訳であたしの休暇の為に可及的速やかにそこを退いて下さい」
『断る』
 こ の 野 郎
「……ティエ、好い加減にしないとねぇ」
 がさり、と秘密兵器を脇の袋から取り出す。
「リンダさんからかくまった、イアンさん秘蔵のAVをインストールする」
 いやーしかし何時の時代もAVの幅ってのはすごいね。これは女性パイロットがモビルスーツの中で云々だってさ。
『なっ……何と破廉恥な!万死に値する!』
 おお、予想通りの反応。そういえばこの手の話題にはとことん疎かったもんなぁ。
 真っ赤になっちゃってまー性別不明の癖に愛らしい事。
「ほーらほーら退かないと入れちゃうぞーマニアックなのいっちゃうぞー」
 ちなみに中身が本当にマニアックかどうかはあたしも確認してない。単純に預かっただけだし。
『や、止めろ!』
「だからそこ退けば止めるってばさーもー本当邪魔なんだから」
「……#ナナ?何をしている」
「あら、せっちゃん」
 まぁ一人の部屋から争う声がしてれば当然不思議に思うだろう。
 そして入ってみればAV片手にモニターと格闘していると。
 ……とりあえずこれは片付けておこう。
「ティエリア。#ナナに何か用があったのか?」
 すかさず無いんですよそれが、と言ってやろうとしたけど、それよりも早くティエリアがきっぱりと言い放った。
『#ナナの休暇要請の件について話があった』
 うわ、真顔で大嘘ぶっこいたよこいつ。
 あんたあたしが休暇の話するより前に来てたよね?
「何か問題が?」
『休暇中の外出先及び外出目的が提示されていない。それから荷物から携帯端末を抜くのは禁止だ』
 あれっそんな事一々報告する必要あったっけ。この組織ってそんなにプライバシー無かったっけ。
 ていうか何であたしが出立用の荷物から端末抜いてるのを知ってるんだろう。
 さっきの二度寝の件といい、余程性質の悪いカメラがあるとしか思えない。
 刹那にそこの所を伝えようと無言で視線を送ると、何故かとても穏やかな悟りきったような表情で肩を叩かれた。
 くそぅ、五年前まではちびこかったのに。
「言うだけ言えば良い。口にするのが憚られるような行き先でも無いだろう」
「うんまぁ、ちょっと経済特区辺りで買い物でもしようかなってだけなんだけどさ」
 久し振りの地上を堪能するのが目的だから、買い物はついで。
 土の地面を踏んで歩いてぶらぶらしてみたかった。正直それだけ。
 しばらく無表情で考え込んだ後の、刹那の回答。
「それならむしろ端末を持って行った方が良い」
「え、何で」
「触覚がオンで透過がオフの立体ホログラムなら、十分荷物持ちになる」
「……」
 その手が あったね。
 物に触れて透けてないとなれば、見た目生きた人間と変わらないし。服さえ着てればの話だけど。
『なっ……何故僕がそんな事を』
「女性の買い物に付き合うならそのくらいはするべきだとロックオンが言っていた」
 ライルあいつ刹那に何吹き込んでんだ。いや、間違いじゃないけどさ。
 四年経って聡くなった刹那は、ティエリアが言い返す前に更に言った。
「俺が言わなくとも、#ナナに付いていく気だったんだろう」
『うっ……』
 おお、黙らせた。成長したねぇ刹那。しみじみ。
「……まぁ、一応結論が出た所で」
 休暇の為の最後の仕事を片付けたいんでそこを退いてくれるかな。
 ティエリアにも見えるように端末を鞄に仕舞いながら笑顔で言う。
 今の言葉で刹那がティエリアの嘘に気が付いてくれる事を願ったけれど、とっくに部屋を出て行ってしまっていた。
 相変わらずゴーイングマイウェイな。
 ともあれティエリアが大人しくモニターから出て行ってくれたので、改めて仕事を片付けるべくモニターに向かう。
 と、椅子に座ったあたしの首辺りにホログラムの腕が絡んで来た。ティエリアだ。
 甘えるように軽く頬を摺り寄せ、体重をこちらに預けて来……
「……ティエ?」
「ホログラムを出しても良いと言ったのは君だ」
「 誰 が 質 量 ま で オ ン に し て 良 い と 言 っ た ・ ・ ・ ! 」
 え、ちょっとこれすごい重いんだけど人一人は流石に重いんだけど、
 へぇヴェーダのホログラムってこんな事も出来るんだ知らなかったなぁっていうか
「待っているから早く終わらせろ」
「……ま……」
「何だ?」



 邪魔だぁぁぁぁっ!!



何これストーカーくさい……
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