シリフ霊殿
Schild von Leiden

イノベイターはミスティ・ブルーの夢を見るか?
 足音がしないのは困る。後ろに立たれても分からない。
「#ナナ」
「……ティエ。また遊びに来たの?」
 いつだってこうして声を掛けられるまで気付かないのだ。
 まぁホログラムの癖に足音がするのはそれはそれでおかしい訳だけれども。
 この男は簡単に説明するならばつまり意思を持ったコンピューターで、
 だから自身の端末のある所には何処にだって現れる。
 ましてこのトレミーは実質彼の本体に依存、支配されているようなものだ。
 こうして無断入室してきているというのに入室履歴すら残らない。
 それが実に気に入らない、と思う。
「ていうかあんた眠るとか言って無かったっけ」
 来たるべき対話とかそういうのの為に。
「定期的に外部情報を仕入れる必要がある」
「言ってくれればニュースぐらい外部入力したのに」
 あんただってその方が楽でしょうと言うと、ティエリアは不機嫌そうな顔で必要無い、と言った。





「……まぁ、主だった出来事はこんなもんかな」
「そうか」
 手近な椅子に腰掛けてあたしの表示させる時事ニュースを聞いている。
 単なるホログラムの癖に。流石スーパーコンピューター。
 物に触れるのはオプションで触覚をオンにしてるだけだけど、
 投影してるだけの映像にそんな動作をさせるのは本来難しいもんだろう。
 流石ティエリア本人の意思で動かしてるだけはあるか。
 こうしていると本物の人間そっくりだ。
 ただ透過をオフにしてないから半透けで、幽霊か何かみたいにも見える。
「……皆はどうしている?」
「今日も元気に武力介入☆」
「……」
「冗談だよ、割と平和。アレルヤからはこないだメール来た」
 教会の前でマリーさんとツーショットで写ってる写真付きで。
 巡礼にしてはまぁ随分と楽しんでおられますこと。
 見る?と勧めたけど首を振られた。興味無いのか。可哀想なアレルヤ。
「そっちは……って、まぁ平和だよね。特にする事無いだろうし」
「……君は」
「いや別にあたしも何も無いけど」
 多分あんたがヴェーダに引き篭もった時と変わらないよ。
 まだソレスタルビーイングやってるしデータ業務やってるし独身だし。
 精々髪が少し伸びたとかその程度だと思う。
「何、何か気になる事でもあった?」
「ここ最近、君からのアクセスが無かった」
「ああ、そうだね。特にヴェーダ介してやらなきゃいけない仕事も無かったし」
 眠ってるのを無闇にアクセスして起こしてもあれかなと思ったんだけど、
 こういう言い方をするって事は他の人は普通にアクセスしてたのか。何だ。
 まぁティエリア本人もまだ眠る気無さそうだしな。

「……」
「ティエリア?」
 先刻みたいに不機嫌な顔で俯いてしまったので声を掛ける。
 こいつは大人びているように見えて、実は見た目よりずっと子供っぽい。
 結構簡単にへそを曲げるし、発露した感情は簡単に態度に出る。
 怒っていないのに怒っている振りをするなんて器用な事も出来ない。
 だからこいつが不機嫌そうな顔をしているという事はすなわち不機嫌なのだ。
「ちょっと、あたし何か言っ……」
「……か」
「ん?」
「理由が無ければ僕にアクセスもしないのか、君は……っ!」
「はぁ?」
 エラーランプみたいな真っ赤な瞳が上目遣いで睨んでくる。
 潤んでいる所から見ると、泣き出す一歩手前くらい感情が高ぶっているらしい。
 拗ねた子供は手に負えないと思う。
 機嫌が直るまでとにかく当たり散らす上にその動機も不明瞭だ。
 普段ならとにかく理由が無いと済まない性質の癖に、いきなりこれか。
 どうしろってんだ、と思っていると、やおらティエリアが椅子から立ち上がった。
 ホログラムなので立ち上がった時の音もしない。
「ティエ?」
「帰る」
 言うが早いかこちらに背を向けて本当に部屋を出て行ってしまう。
 出て行ってというか、正確に言うとホログラムを消しただけだけど。
「……何なんだ」
 思わずティエリアの居た場所を呆然と見詰めてしまう。
 部屋のパソコンでヴェーダにアクセスして聞いてみるという手もあるけど、今の今じゃ絶対へそを曲げてるだろう。
 下手に追っかけていって神経逆撫でして更に怒らせると厄介だ。
 前にそれをやってヴェーダ側からアクセスIDをロックされた。
 何が困るかって仕事が一切出来なくなるんだよ、それ。
「……とりあえず今日は寝るか」
 明日になれば少しは向こうも落ち着いてるかもしれない。
 少なくとも今より頭は冷えてるだろう。





 ……ああ、あたしに会いに来たのか。最近全然顔見てやってないから。
 あたしがそんな結論に達したのは次の日の朝、
 皮肉のようにひっそりと残された彼の入室ログを見つけた時だった。



タイトルの元ネタが分かる人と一緒にお酒を飲みたい第二弾
前<< 戻る >>次