シリフ霊殿
Schild von Leiden

あなたのかわりとそのかわり
「ふぅ……」
 忙しい。けれども忙しくしない訳にもいかない。
 一刻も早くソレスタルビーイングを立て直さなくてはならないのだから。
 そうでなくては先の戦いで死んでいった人達に申し訳が立たない。
「……まぁでもちょっとだけ、休憩……」
 忙しいとはいえ休息は大事だ。過労でぶっ倒れちゃ元も子も無いからね。
 という訳で息抜きに展望台へ向かうと先客が居た。
 こっちはこんな所でも端末を広げて入念にデータチェックをしている。
 と、不意にその身体がぐらりと傾いだ。
「なっ……!」
 咄嗟に左腕を出してよろける身体を支え(重力が少なくて良かった)、
 右手で自分の端末を取り出して通信回線を開く。
「イアン!イアン・ヴァスティ!アーデが倒れた!」





 忙しいとはいえ休息は大事だ。過労でぶっ倒れちゃ元も子も無いからね。
 先刻胸中で呟いた言葉を、病人から端末を取り上げながら声に出して言う。
「……返せ。未だデータの確認が終わっていない」
「駄目。そんなボロボロの身体でデータ画面なんか覗くんじゃない」
 眼精疲労に睡眠不足に栄養失調、もひとつおまけに過重労働。
 何で今まで過労と診断されなかったのか不思議だ。
「そんなに見たきゃ夢の中で見なさい」
「まだ思考は出来る。データの閲覧に支障は無い」
「……縛り上げて目隠しして医療カプセルに放り込んでやろうかお前」
 出来るもんなら本当はそうしてやりたいけど、残念な事に流石の医療カプセルも心身の疲労までは治せない。
 今出来る事は、彼を無理矢理にでも休ませる事だけ。
 けれどもどんなに宥めすかしてもベッドの上で上半身を起こしたまま、
 隙あらば端末を奪い返そうとするので油断がならない。
 ……いっそベッドに縛り付けておくか、こいつ。
「今は一刻も早く体勢を立て直さなくてはならない時だ。
 これしきの事で休んではいられない」
「だから、それで倒れたら……」
「馬鹿もん」
 横から現れたイアン・ヴァスティが、そう言ってアーデの額を小突いた。
「お前さんが居なかったら誰がガンダムの搭乗テストをするんだ。そっちに支障が出る前にさっさと寝ろ」
「……」
 一発で黙るアーデ。成程、そう言えば良かったのか。
 四人居たマイスターの中で、無事に戻って来たのはアーデだけだった。
 それも、満身創痍と言って良い程の大怪我で。
 傷の回復に要した時間と、残った戦闘要員が自分だけという事実。 
 焦るのも分かるし、無理をしてでも頑張ろうとする気持ちも分かる。
 けれどもだからって倒れる程無理をして良いという理由にはならない。
 項垂れてしまったアーデの頭を一つ撫でるとイアンは医務室を出て行った。
 あたしはといえばさっさとこいつに寝て欲しいんだけれども、
 流石にこの状態のアーデを無理矢理ベッドに押し倒す気にもなれなくて、
 まぁ放っておけば寝るだろうと端末だけ片付けて待つ事にした。
 まさかあそこまで言われてまだ仕事をするとは言わないだろうし。
「……こんな所で、休んでなど……」
 前言撤回、まーだ言ってら。
「貴方の代わりに、貴方が望んだ世界を作ると決めたのに……ロックオン……」



 ……あー。
 もしかしてこいつは初めてなのか。自分の近しい人間が死ぬのが。
 この組織には珍しい事だけど、今までの彼の言動からしてありえない話でも無い。
 自分の意志じゃなくて誰かに言われて入って来たような風があったから。
 ……馬鹿、だからって焦って解決するもんか。
 そんな事口で言っても聞かないだろうから、頭を押さえて強引に上を向かせた。
「ねぇ」
 アーデがきょとんとしている内に言葉を重ねる。
「死んだ人間と今ここに生きてる人間、それぞれ何人?」
 行方不明者を死亡に入れても、多分ギリギリ生者の方が多い筈だ。
「数えた?じゃあその生きてる人間の中で、ロックオン・ストラトスと同じ理想を掲げて無い人間が何人居るか数えて」
 何人居た?と聞いても答えは返って来ない。
 答えたくないのか分からないのか、答えないならあたしが言うまでだ。
「昔はね、一人居たんだよ。あんたが」
 こいつの昔の目的は世界を作る事じゃなかった。
 この組織の真の目的なんてあたしは知らないけど、それを遂行する事。
 あたし達はその目的遂行方向にのっかった、それだけ。
 ……昔は。
「でも喜ばしくない事に彼は居なくなって、そして喜ばしい事にあんたが彼の代わりに彼の理想に乗ってくれるって言う」
 一人減って一人増えた。プラマイゼロだ。
 たったそれだけの変化なんだよ、詰まる所は。
 減って増えた人間の心情の変化なんて気にする事じゃない。それは誰でもないこいつが常々言ってた事だ。
「あんたはそれだけ無茶をしてでもやりたい事があるんでしょう?
 幸運な事にここに居る人間は全員同じ事をやりたがってる。だからね、」
 掴んだ頭を押して、ベッドに倒れ込ませる。
「あんたの休んでる間の分くらい、皆で分ければ大した事無いの」
 少なくともあんたが過労死した時の分よりは、ずっと。
 アーデはベッドに寝たまま起き上がらなかった。
「……少しだけ休む」
 すぅ、と身体の力を抜きながらそう呟く。
「うん、そうして」
 本当はゆっくり休んで欲しいけど、流石にそうは言ってくれない。
 まぁ休む気になってくれただけ良いか、と思い直して医務室を出……
「#ナナ」
 ようとしたのを背後から引き止められた。
「……アーデ?」
 本当に体力の限界だったらしく、既に瞼は落ちかけて視点も覚束無い。
 それでも何とかあたしの方を見て、彼は一言こう言った。



「支障が出ない程度で良い。……もう少しだけ、此処に居てくれないか」



二期ティエリアよりツンの強い一期から空白期間あたりが好きです
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