シリフ霊殿
Schild von Leiden

駆け抜ける烈空
 城を出るまでは明るく騒いでいた面々も、歩き続ける内次第に無口になっていく。
 そりゃそうだ、だってこれから戦だし。
 もうすぐ敵の軍が見える、ほら、あの沖に浮かんでる参星の家紋は毛利の船だ。
 海上ではひけを取るものはないと言われる、毛利の水軍。
 あの水軍を相手にして無傷で済む筈がないって事くらい、皆分かってる。
 かく言う俺様だって今回はちょっとやばいかなーとか思っちゃってるくらいだし。
「敵軍見えたり。どうします、大将?」
「行くしかあるまい。参るぞ!」
「承知!」
「いや大将大将、肩に乗ってるの下ろしていきましょーよ」
 旦那も承知とか言ってないで止めてよ。



 ほんと、この期に及んでいつもの調子なくしてないのはこの人らぐらいのもんだ。
 何で敵部隊目の前にして肩に女の子乗っけてんですか。
「#奈々ちゃんも嫌なら嫌って言いなさいよ」
「だって、お館様が乗っていろと仰ったから」
 肩の上を見上げて言ってみたけど、当の本人はそう淡々と返しただけだった。
 ていうかいくら大将が大柄だからって、普通は大の大人一人肩の上に座らせられる訳がないんだよね。
 乗せてる人間がこんな小っさくなきゃ。
「#奈々ちゃん、身長いくつだっけ?確か四尺……」
「……」
「あ、痛た、痛い、#奈々ちゃんその小石思ったより痛い」
 成程、気にはしてる訳ね。(確か四尺と二寸か三寸くらいだった筈だ)
 ちなみにこの#奈々ちゃん、これでもれっきとしたうちの武将だ。新入りの。
 城内ではこの可愛らしい身長で……ごめん、睨むのやめて。
 お館様に気に入られた事もあって知らない人は居ないくらいの有名さだけど、
 実際に戦に出るのはこれが初めて。
「で、大将、#奈々ちゃんどうすんですか?まさか肩に乗っけたまんま?」
「#奈々は先鋒よ。幸村と共に先陣を切らせる」
「へー何でまた」
「いかに毛利とて、初陣の将の情報は掴んではおるまい。そこが狙い目よ」
 あー成程、#奈々ちゃんが小っさくて目立たないのをいい事に奇襲をかけさせようと。
「さっすが大将、頭いいねえ」
 ちなみに#奈々ちゃん、言いたい事は分かるからその炎はやめて。
 いくら俺様だって炎は死んじゃうから。
「ただ、一番槍取られて旦那が大人しく引き下がるかどうか……」
「お館様!某も#奈々殿を肩に乗せとうございまする!」
 あ、無用な心配だった。





 無用な心配だとは思うけどやっぱり少し気になって、合戦中#奈々ちゃんの跡をそっと追ってみた。
 #奈々ちゃんの通った道には、焼け焦げた肉片があちこちに散らばっている。
 どれも細かく分断されて、人の形を残しているものは一つも無い。
 彼女の戦い方はいつも一風変わっている。
 糸みたいなものを扱うらしいけど、いつもどこから出してるのかは分からない。
 糸に炎を伝わせる事もできるらしいけど、糸が何でできてるのかは分からない。
 不思議な子だよなぁ、と事ある毎に思う。
 例えば武田に来るまでの経歴が不明だとか、自分について何も語らないとか、
 その癖の大将への妙な忠誠心とか、それについて旦那が何も言わない事とか。
 時々もしかしてあの子はこの世の人間じゃないんじゃないかとすら思ってしまう。
 例えば実は黄泉の国から蘇ってきた死人だとか。
 もしくはこの世のものだけど、実は人間じゃなくてもっと別の生命体だとか。
「……ま、考えてても始まらないか」
 つーか、そんな訳ないでしょ。うん。
 向こうから#奈々ちゃんの元気な声が聞こえた。
 多分、敵大将を討ち取ったと叫んでる。





「……あのさぁ#奈々ちゃん」
「何?」
「いや……」
 切り込み隊長が大将首だと言って持ち帰って来たものは、何処かで見たことがある緑色の兜。
 正確に言うと、その先端部分の切れっ端。
 いや、確かにあの人微妙にあそこが本体っぽくなくもないけどさ。
 流石にそれは無いだろう、とつっこみたかったんだけど、
 あんまりにも#奈々ちゃんが堂々としているものだから何も言えなくなった。
「おお、これは確かに毛利殿の御首!」
「え、ちょっと旦那」
「でかしたぞ#奈々!」
「大将まで!」

 ……まぁ、いっか。



友人のキャラクターをお借りしました
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