シリフ霊殿
Schild von Leiden

執事の居る風景
 独り、玄関に立つ。
 小十郎に許可は取ったから外に出ても咎められる事は無いし、
 別に使用人一同に揃って行ってらっしゃいませと頭を下げて欲しかった訳でも無いのだけれど、
 誰にも見つからず声もかけられずに外に出て行くのは何だか後ろ暗い気がした。
 準備が出来た時に半兵衛は養生しなさいと言って部屋に帰してしまったから、
 部屋からこの玄関までもついて来てくれる使用人は誰も居ない。
「居ると色々と煩いものだけれど、居ないとそれはそれでつまらないのね」
 誰に言うとでもなく呟く。反応を返して欲しかったのかもしれない。
 自分はこれほどにこの執事達に馴染んでしまっているらしい。
 苦笑が漏れた。


 そんな私を、カップの乗ったトレイを持った蘭丸が見つけた。
「あれ、お嬢様?」
 間の抜けた声が玄関先に響く。
 蘭丸は廊下を斜めに逸れて、玄関先に佇んでいた私の方にやって来た。
 トレイは多分、父様か母様に持って行くのだろう。
「どうしたの?出かけるの?」
「ええ、折角平和で退屈なのだから、外に買い物にでも行って来ようと思ってね」
 小十郎の許可は取ってあるから、と続けると、蘭丸も安心したようだった。

「貴方も一緒に連れて行ってあげられたら良かったのだけれどね」
「そんな!気にしなくて良いよ」
 蘭丸は屈託無く笑った。
 私は蘭丸のこの無邪気な笑顔を見たくて、こうして話をしているのかもしれない。
 執事というのはどんなに優秀な者でも所詮は使用人、主とは身分が違う。
 本来ならこうして友達同士の様に話す事など許されない。
 余り納得はいかないけれど、それがしきたり。
 隣に並ぶ事が許されるのは、上流階級出身が多い教育係くらいのものだろうか。
 ・・・まぁ、うちの教育係は並んで出かけるくらいなら部屋で本を読んでいるような人間だけれど。
「何か良いものがあったら買ってきてあげるわ。何が良い?」
 少し屈んで、蘭丸と目線の高さを合わせながら言う。
 蘭丸は少し考え込んでからまたにっこりと笑った。
「お土産話がいいな」
「・・・そんなもので良いの?」
「そうしたら、蘭丸もお嬢様と一緒にお出かけしたみたいになれるからね」


「・・・そうね。じゃあ、精々頑張って良いお土産話を探す事にするわ」
 カップの中の飲み物が冷める前に部屋へ行かなければならない蘭丸に、私はそれだけ言った。
「あ、そうだお嬢様!」
「何?」
「行ってらっしゃい!」
「・・・ありがとう」



給仕担当:森蘭丸
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