シリフ霊殿
Schild von Leiden

執事の居る風景
 手元のベルを軽く振る。
 私の部屋にあるベルは使用人たちの部屋に繋がっていて、
 鳴らせばすぐに執事の誰かが私の所に駆けつけてくれるようになっている。
 大抵は部屋に半兵衛が待機してくれているから、滅多に使う事は無いのだけれど、
 最近どうも彼の体調が芳しくないようなので、病状が落ち着くまでと暇を出してあった。
 半兵衛以外に支度をしてもらうのかと思うと新鮮なような不安なような気持ちだったけれど、
 どうやらその心配は要らないようだった。

「・・・私、貴方に休暇を出していなかったかしら?」
 執事を呼んで、用事を言いつける前にどうしてこんな事をわざわざ確認しなくてはならないのか。
 それは勿論彼は今この屋敷にはいないものと思っていたからだ。
「でも、お嬢様が呼んでいたようだったからね。休暇は終わったのかと思って駆けつけたんだよ」
 けろりとして答える半兵衛。
 人好きのする穏やかな笑みが小憎らしく思えたのは初めてかもしれない。
「休暇は病状が落ち着くまでと言ってあった筈だけれど」
「落ち着いているように見えないかい?」
「そうね、落ち着いた人より顔色が悪いようだから」
 しばらくそうして押し問答をしていたけれど、その内に黙った。
 こんな事をしている場合ではないと思い出したからだ。
 いくら外出の許可を貰ったとはいえ、あまり遅くまで外に出ていると心配をかけてしまうから。
 だから早めに出かけて早めに帰って来ようと思っていたのに。
「・・・まあいいわ。出かけるから支度を手伝って頂戴」
 溜息を吐きながら言うと、半兵衛は笑って了解だよ、と言った。
 始めから素直にこう言っていれば良かったのかもしれない。
 後悔とまでは行かないけれど、問答の分無意味に時間と体力を消費してしまったような気がする。

 半兵衛に手伝ってもらうと外出の支度は呆れるほど早く終わった。
「それで結局、貴方の身体の具合はどうなのかしら?」
 戸口の方へ向かいながら最後に半兵衛にそう尋ねた。
 問答をぶり返すだけだと分かっているのだけれど、仕方が無い。
 主が使用人を気遣う事に罪は無い筈だ。
「まずまず、といった所かな」
 信じてあげたいのだけれど残念ながら過去の行いから信憑性に欠ける。
 恐らく私がこの部屋を出れば、また自分の部屋で寝込まなければならないだろう。
「そう。それなら後半月程は休んでいた方が良さそうね」
「半月・・・今月は三十一日まであるんだけれど、半月というのは十五日かな?それとも十六日?」
 私は知らないわよ、と笑って部屋を出た。



身辺担当:竹中半兵衛
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