シリフ霊殿
Schild von Leiden

執事の居る風景
 街は賑やかだった。
 賑やかなのは、何時も通り。
 何時も通りと言っても、私はこの人達のように四六時中この街に居られる訳ではないのだけれど。
 それでも窓が開いていれば外の様子は見られるし、
 許可を貰えば今日のように実際街を歩いて直に様子を見て回る事も出来る。
 私のような高い身分にある人間は、こういう人達が平和であるよう努力するのが務めなのだと、
 何時か誰かに教わった気がする。
 父様だっただろうか。元就だったかもしれない。


「あら、綺麗ね」
 道端に露天商を見つけて歩みを止める。
 店そのものは道の上に絨毯を一枚敷いただけの豪華とは言えないものだったけれど、
 小さな細工物を幾つも並べて売っていた。
「これが小さくて可愛らしいわね。お幾らかしら」
「ああ、それなら・・・」
「止めておけ。相場の三倍だ」
 聞き覚えのある声が後ろでした。
 分厚い本を何冊か小脇に抱えた元就が、私と露店主を見下ろすような格好で立っている。
「あら、元就。貴方が外に出るなんて珍しいのね」
「どういう意味だ」
 元就はちょっと眉間に皺を寄せた。
「だって、私に勉強を教えているか部屋で本を読んでいるかくらいしか見た事が無かったんだもの」
「悪かったな。新しい本の調達に来ただけだ」
「そのようね」
 それならわざわざ声を出して営業を妨害する事は無かったんじゃないの?
 笑いながら言うと、ついでだ。と言って踵を返された。

 折角なので後ろをそっとついて歩いてみる。
 貴族の娘と教育係の組み合わせは、街の中ならいざ知らず、舞踏会などでは良くある事だ。
 ただ、素直に黙って後ろをついて来てくれるような彼ではないだけで。
「お嬢様がただの深窓の姫君に収まるつもりが無いのは、我ら執事一同よく身に沁みている」
 本を並べた露店をあちこち見て回りながら元就が呟くように話しかける。
 小言を言われる時の語調では無いので、私は黙って聞いていた。
「今更淑やかになれなどと言うつもりは無いが、それならそれでもう少し学んで欲しくはあるな」
 良い本を見つけたのか立ち止まり、店主に値段を聞く。
 その値段が思ったより高かったのかしばらく押し問答になったけれど、
 やがてその中間ほどの金額を払って元就は何冊目かの本を譲り受けた。
「そんな値段で買ってしまって、あの人は損をしないのかしら」
 既に背後の人波に紛れてしまった露店主を振り返りながら呟く。
「構わぬ。あの者も最初から言い値で買って貰うつもりでは無かったであろうからな」
「そんなものなの?」
「そんなものだ。そこも学ぶべき所の一つだな」
 元就はそう言って、ポケットから私が先刻まで見ていた小物を出して渡してくれた。
「貴方、何時の間に買っていたの?」
 聞いても先刻だ、と言うばかり。
「材質は良いものでは無いが、中々凝っていて良い細工だ。
 お嬢様には物を見る目は備わっているようだから、次は交渉術だな」
「あら、それを教えてくれるのが貴方の役目なのではないのかしら」
 何だか言い包められてしまったようで悔しかったので、意趣返しも兼ねて言い返してみる。
 元就は口元で笑っただけで答えなかった。



教育担当:毛利元就
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