音も立てずに扉が開いた。
基本的にこの屋敷の扉は大きな音があまり立たないようになっている。
一日に何人もの人間が何枚も扉を開けるから、そうでもしないと喧しくて仕方が無いのだろう。
けれど、どんな扉だって音が立つ時は立つし立たない時は立たない。
例えば幸村だったら蹴破るようにして開けて小十郎の小言を食らうのが常だし、
政宗が入って来る時はどんなに古い扉でも決して軋んだりしない。
だから私には扉の開き方で入って来た人間が誰か分かるという事が、ままある。
「Ha!見事に言い包められちまったみたいだな、小十郎?」
「政宗様・・・」
「あら政宗、聞いていたの」
「いいや、聞こえてただけだ」
皿を片付け終わった小十郎が、一礼して食堂を出て行く。
代わって政宗が笑いながら私の傍に立った。
「で、結局出掛けるんだろ?」
「そうね。最近する事もなくて退屈だし、それなのに中々外には出られないし」
「そう言うと思ってな」
政宗はポケットから洒落た革の財布を出して私に手渡した。
「今月分のお嬢様の小遣いな」
「あら、先月も貰わなかったかしら」
先月は殆ど外へ出ていないので、貰った分の半分も使ってはいない。
働いて給金を貰っている身でもないのだから、もし私が使わないのであれば、
そう毎月規則正しく貰う必要はないのではないかと思っていた。
そう言おうとすると、政宗はいいからと笑って私の手に財布を押し付けた。
「いいから取っときな。女の買い物は長くて高いって相場が決まってるからな」
「失礼ね。まるで私が外に出る度に買い物袋を山のように抱えて戻って来るみたいじゃないの」
「No,数の問題じゃねぇ」
政宗が財布を握った私の手を上から握る。
「お嬢様にはちっとくらい高いモンじゃなきゃ、似合わねえだろ」
「もう、お世辞を言っても何も出ないわよ」
言葉とは反対に、私は少しだけ笑みを浮かべながら政宗を軽く小突いた。
政宗も苦笑しながら黙って小突かれている。
「ただ、な」
不意に政宗の口調が真面目なものになった。
「面倒にだけは巻き込まれてくれるなよ。俺だけじゃねぇ、皆の願いだ」
「・・・皆、口を揃えてそう言うものね」
私は財布をポケットにしまいながら苦笑する。
父様や小十郎ほどではないけれど政宗も、もしかしなくても他の皆も、大分過保護だ。
「大丈夫、心配しないで。私が貴方の言いつけを守らなかった事があったかしら?」
「言いつけりゃ守るけど、言いつけなきゃ幾らでも好き勝手するのがお嬢様だからな」
「あら、そうだったかしら」
執事長:伊達政宗