シリフ霊殿
Schild von Leiden

執事の居る風景
 いつもと少し違う朝。
 違う気がする、というだけで、実際考えてみても何処か普段と違う所は無い。
 私は今しがた定刻通りに朝食を食べ終えたばかりで、
 執事の一人に片付けをしてもらいながら、手持ち無沙汰に外を眺めている。
 窓の外の風景も普段とそうは変わらず、ただ歩いている人と走っている車が違うだけだ。
 それでも今日は何かが違う、としばし思考を巡らせる。
 しばらくして、そういえばここ最近外出などしていなかったと気がついた。


「久し振りに外へ出かけてみようかしら」
 口に出して言ってみたのは、目の前に小十郎が居たから。
 私の食べた朝食の皿を、綺麗に並べて揃えて片付けている。
 案の定、皿を片付けていた手が一瞬だけ動きを止めた。
「・・・お嬢様、今何と仰いましたか?」
「あら、聞こえなかったかしら?久し振りに外へ出かけてみようかしら、と言ったのよ」
 大きな溜息が聞こえてくるのも案の定。
「貴女は・・・もう少しご自分の置かれた立場というものを理解していただきたい」
 そしてその後は決まって小言になる。
 私を一番甘やかしているのも一番過保護なのも父様だと思っていたのだけれど、
 こうしてみると小十郎も、少なくとも父様に負けないくらいには過保護なのかもしれない。
 小言の大半をぼんやりと聞き流しながらそんな事を思った。
「聞いておられるのですかお嬢様!」
「聞いてはいるわ。私はお嬢様と呼ばれる立場だという事を自覚せよ、というのでしょう」
 多少の違いはあるけれど、小十郎の小言の内容は何時も大体同じだ。
「分かっていただけたならよろしいのです」
 小十郎は安心したように大きく息を吐いた。
「ええ、良く分かっているわ」
 とはいえ、勿論私に外出を諦める気など無い。
 ここの所ずっと彼や父様の我侭に付き合って、屋敷の中に籠っていてあげたのだから。
「私はお嬢様であってお人形ではない。だから家で陰干しをしていれば良いというものでもない」
 そういう事よね、と小十郎の方を向いて笑いかける。
 もしかすると少し意地悪な表情になってしまったかもしれない。
 小十郎は何か言いかけたけれど、途中で言葉に詰まったらしく黙りこんでしまった。
 考え込む彼が何だか気の毒になってしまって、慌てて付け足す。
「勿論、ちゃんと護衛は付けて行くわよ。変な事があったら、すぐに帰って来るし」
 それでも小十郎はしばらく考え込んでいたけれど、やがて分かりました、と言って顔を上げた。
「行ってらっしゃいませ。ただし、重々お気をつけて」
「言われなくても気はつけるわ。貴方も父様もうるさいものね」




家事担当:片倉小十郎
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