シリフ霊殿
Schild von Leiden

執事の居る風景
 ようやく屋敷へ辿り着く。
 屋敷の中に入った所で、やっと元親は私が上着を返すのを許してくれた。
 代わって玄関でおかえり、と佐助が出迎える。
 そのまま黙って心配されていれば良かったのだけれど、
 先刻庭でしたようなくしゃみをまた佐助の前でしてしまったものだから話が面倒になった。
 元親や佐助を含め、周囲にいた私以外の人間が揃って真っ青になったのは言うまでもない。
 佐助などは今までの笑みを消し、酷く真剣な顔で私の額に手を当てた。
 熱が無い事を確認するとすぐに何事か考えをめぐらせ、
 それから「ちょっとごめんねお嬢様」と言って私の身体を横抱きに抱え上げた。
 私はと言うとそもそも抵抗できる体勢では無かった上に、
 腕の中からちらりと仰ぎ見た佐助の表情があまりにも真剣だったものだから、
 さして抵抗もせず、黙って抱き上げられたまま廊下を移動していた。


「はー・・・本当、肝冷やすような事しないでよね」
 連れて来られたのは浴室だった。とにかく身体を温めろという事らしい。
 普段の入浴時間よりは些か早すぎる時刻にもかかわらず、浴槽は白い湯気を立てている。
 佐助か誰かがあらかじめ根回ししておいたのだろうか。
 私は言われるままに黙って浴槽に身体を沈めた。
 佐助は浴室の向こうで私に小言を言いながら、私が上がった時の着替えなどを整えている。
「全く、うちの使用人は揃って心配性ばかりで困るわ」
 私も負けずに浴槽の中から言い返した。
 さして大きい声ではなかったのだけれど、浴室では反響してよく声が通る。
 そりゃあそうでしょう、と佐助が反応した。
「うちの執事は皆お嬢様大好きですから。大好きな物は守りたいと思うでしょ?」
「・・・そうね」
 こういう生活を長い間続けていると、好きや大切といった概念がどうしても希薄になりがちだ。
 例えば気に入っていた花瓶を割ってしまったとして、それならば代わりを買えば良いと思う。
 可愛がっていた猫が死んでも、似たような猫は何処にでも転がっていると考える。
 命がかけがえのないものだと思えるのは、今の科学力では購う事が出来ないからだ。
 どうしても好きなものは金銭で代用の効くものではないかと考えてしまいそうになる。
 それでも私がそんな考えに転んでしまわないのは、
 一重にこの執事達が私に一途に愛情を注ぎ込んでくれているからなのかもしれない。
「『好き』って、まぁ何か色んな人らが色んな事言ってるけどさ。
 やっぱり俺は最後に人がたどり着く『好き』は、人だと思うよ。
 命とか愛とかそんなんじゃなくて、その人自身だから好き、大好き、大切」
 喜んだ顔が見たいのも、悲しんでたら辛いのも、多分全部そのせい。
 浴室の扉に阻まれて表情は見えないけれど、多分佐助は笑ったのだと思う。

 浴槽から上がると、綺麗に畳まれた着替えの上に、プレゼントの包みがひとつ置いてあった。



雑事担当:猿飛佐助
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