シリフ霊殿
Schild von Leiden

執事の居る風景
 風が強くなった気がする。
 冬なのだから風が冷たいのは当たり前なのだけれど、ひとしおその冷たさを増したように思えて。
 幸村に貰った手袋の上からでも風が肌に沁みて来る。
 丁度良い植木鉢も見つかった事だし、今回はもう屋敷に入ろうかしら。
 風邪をひくぐらい良いけれど、きっと皆がまた心配するもの。
 踵を返しても、玄関までの入り口は遠い。
 向こうから黒い上着を翻して走ってくる姿が見えなければ、
 私はここで風邪をひいて帰る事を決意しなければならなかったかもしれない。


「あー、やっと見つけたぜ!」
 元親はそう言って肩で大きく息を吐いた。
 何かの用事の途中だったのか、小脇に大きめの包みを抱えている。
「ったく、ここの庭って何でこんな無意味に広いんだ?
 窓からお嬢様が見えたって、庭の何処が見えてんのか分かりゃしねえ」
 無意味かどうかはさておいて、広い事に関しては否定はしない。
「元親。どうしたの?」
「どうもこうも。寒くなって来たから、お嬢様を迎えに来たんだよ。雪も降ってきてるしな」
 言われて空を見上げると、ちらほらと白い塊が灰色の空から落ちて来ている。
 ホワイトクリスマスという言葉が浮かんだけれど、
 こうして見るとこの灰色の空はあまりホワイトには似つかわしくない。
「道理で寒くなってきたと思ったわ・・・くしゅ」
 私のくしゃみに私よりも元親の方が慌てた。
「お、おい、大丈夫か。風邪か?」
「大丈夫よ。しばらく外に出ていたから、身体が冷えただけ」
 そっか、と安心したようだったけれど、それでも元親は着ていた上着を脱いで私にかけた。
 今まで身に着けていた事もあって、ほっこりと温かい。
「大袈裟ね」
「ああ大袈裟で結構だ。お嬢様に何かあったら、俺ら全員大目玉だからな」
「全員?」
「外出を許した真田と止めなかった前田と、迎えに行くのが遅れた俺だよ」
 つまり今回私の外出に関わった人間全員だ。
 改めて私の立場というものを思い知らされた気がした。
 といっても私にはどうする事も出来ない。精々説教の量を減らしてくれるように頼む事くらいだ。
 ただ黙って可愛がられるだけのこの立場が、私は時々とても嫌になる。
「大変ね」
「そう思うならもう少し自重してくれよ」
「貴方もね、元親。私が貴方の分まで着てしまったら寒いでしょう」
「俺か?俺ぁ結構鍛えてっからよぅ。これぐらいなら平気・・・っと、そうだ」
 元親は今まで小脇に抱えていた包みを解いて、出てきたものを私に巻きつけた。
 控えめな色合いのショール。糸はカシミヤだろうか。
「これでもうちったあマシになるだろ」
 確かに温かいけれど、元親はまだ私に羽織らせた上着を返して貰おうとはしない。
「あ、しまった。お嬢様用のプレゼント俺が開けちまっちゃ意味ねえな」
「・・・良いわよ、別に」



副執事長:長曾我部元親
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