シリフ霊殿
Schild von Leiden

執事の居る風景
 勉強が一段落した机。
 読書家で蔵書家の元就は、私に勉強を教える時にも大量の本を持って来る。
 といってもその殆どは勉強で使う資料で、元就はよく本の山からそれを適切に選び出しては、
 詳しい解説を加えたり、私の質問に答えたりする。
 そして勉強の時間が終わるとまた大量の本を持って自室に籠るのだ。
 毎回一抱えもある本を抱えて戻るのは大変だろうと思うのだけれど、
 私が手伝おうとすると丁重に断られてしまう。
 もっとも一人で私の部屋に持って来れるのだから一人で持って帰れない訳は無いのだろうけれど。


 その元就が、珍しく本を置いたまま席を立った。
 今日の本は特別量が多くて、行きも帰りも二回に分けて運ばなければならなかった程だけれど、
 机の上にはまだ一冊、赤い革表紙の本が残されている。
「元就、一冊忘れて行ってるわよ」
 残りの一抱え分を抱えた元就は、戸口の所で足を止めてちらりと机の方を見た。
「ああ、それは要らぬ。お嬢様が読めば良い」
「読めば良い、って言われてもねぇ」
 私は苦笑した。元就の本が私に読める訳が無い。
 元就が本を読んでいる所はそれこそ何度も見た事がある。
 こっそり後ろに回ってどんな本を読んでいるのか覗いてみた事も、一度や二度ではない。
 けれど元就が読んでいるのはいつだって小難しい専門書だったり外国語の本だったりして、
 私が端で見て意味を理解出来た事は殆ど無い。
 勉強の間も、開いて見せてくれる部分は成程参考になる部分なのだけれど、
 戯れに一枚ページを捲ると全く訳の分からない単語の羅列、という事はよくあった。

 私が戸惑っているのが分かったのか、元就は苦笑するように顔を歪めた。
「心配しなくとも、それはただの物語本だ。それならば読むのに困る事は無かろう」
 本を裏返して表紙を見てみると、確かにお伽噺のようなタイトルだった。
 ぱらぱらとページを捲ってみたが結論は同じで、読みにくそうな単語も言い回しも殆ど無い。
 ふと、元就がどうしてこんな本を勉強の時間に持って来たのかが気にかかった。
 元就はこれでも礼儀作法に関しては小十郎に負けない程うるさい。
 勉強中にこんな本を読んだり持ち込んだりなんて、許す筈が無いのに。
「元就」
「何だ」
「もしかして、これはクリスマスプレゼントかしら?」
 くすくすと笑いながら言うと、元就はあからさまに眉間に皺を寄せた。
「・・・要らぬのなら返せ」
「いいえ、貰っておくわ。ただ、貴方らしいと思っただけよ」
 色々な意味でね。
 本の表紙を指で撫でながら言うと、元就は案の定首を傾げた。



教育担当:毛利元就
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