シリフ霊殿
Schild von Leiden

執事の居る風景
 やけに気になる隣の扉。
 人が居ない部屋は、何となく分かる。中に人の気配がしないからだ。
 人が居れば勿論気配はあるけれど、大抵物音がする。
 このドアは人の気配がするのに物音はしない。不気味といえば不気味だ。
 ここに私室を持っている人間で今まで会っていない人間を思い浮かべていく。
 といっても、消去法を用いるまでも無く容易に想像がついた。
「そういえばあと一、二時間は暇な筈よね」
 誰に言うとでもなく呟く。
 時計は先刻食堂で見て確認した。
 ドアを開けると案の定本で溢れ返っていた。部屋の主は確かめるまでも無い。

「元就、相変わらずなのね」
 少し大きめに声をあげると、本の山の一角がびくりと揺れた。
「お嬢様……もう勉学の時間か?」
「まだ一時間以上あるわ」
 本を踏まないよう気をつけながら、本が動いた辺りへと向かう。
 元就はいつも勉学の時に使う眼鏡をかけて、何かの本を熱心に読んでいたけれど、
 私が近付いて来ると本を閉じてこちらに顔を向けた。
「まだ一時間以上あるけれど、その一時間の間にこの本の山を少しでも何とかなさい」
 まるで本の海みたいになって、足の踏み場も無いじゃないの。
 手近にあった本数冊を重ねながら言うと、元就は案の定眉間に皺を寄せた。
「私の部屋に来ると整理がなっていないと言って怒るのに、自分の部屋の事はどうでもいいのね」
「……本棚に入りきらぬだけだ」
 拗ねたように元就が言った。
 この部屋の本全てを本棚に収納するのが不可能なのは、私も知っている。
 一度本を仕舞いきる為に父様がこの部屋を広げた事があったけれど、
 元就が新しく気に入った本を見つけては持ち込むものだからきりがない。
 古い本の上に新しい本を重ねていくものだから、
 元就の部屋では本が地層を成している、と元親がふざけて言っていた事があるくらいだ。
「入りきらなくても、こうして綺麗に揃えて重ねておくくらいは出来るでしょう」
 実際は本の地層なんて可愛らしい言葉では収まらない。
 地層は所々地滑りや活断層を起こし、隆起し陥没し錚々たる有様になっている。
 私に勉強を教える時の態度からは想像もつかないほどだけれど、
 これも元就らしいといえばそうなのかもしれない。
「遍く学者というものは部屋の整理が苦手なものであるって、前に元就が勉強の時間に言ったけど」
 本当だったわね。
 冗談めかして言うと、元就は本を揃えて重ねながら煩い、と言った。


「そういえばお嬢様は何の用で来たのだ?」
「いいのよ。もう暇は潰れたから」



教育担当:毛利元就
前<< 戻る >>次