戯れにドアを一枚開ける。
開いたドアの向こうには、やけに質素な家具が並んでいた。
奥には執務机のようなものもある。
ここは私室の筈だったのだけれど、と首を傾げてしまいそうなほどだ。
住み込みの使用人にだって、私物を持ち込む許可くらいはあった筈なのだし。
奥に進んでやっと、この部屋がやけに質素な理由が分かった。
この部屋はここに住む人物の執務室も兼ねているのだ、と。
「よお、お嬢様」
窓際の所で政宗が煙草を吸っていた。
煙が外に出るよう窓は開けてあるのだけれど、風がこちらに吹いてくるとそうもいかない。
事実部屋の中は少し煙草の煙の臭いが立ち込めていた。
「何か用でもあるのか?」
言いながら政宗は近くの灰皿に煙草を押し付けて消した。
「暇だったので屋敷を散歩していただけよ。それより、吸っていても良かったのに」
「そうはいかねェよ。俺は執事、アンタはお嬢様だからな」
私は小さく溜息を吐いた。
「流石、執事長ともなると厳しいのね」
「そうか?俺はお嬢様に対してはいつでも蕩けるほど甘いつもりだぜ」
政宗は軽口を叩いて笑った。
「屋敷を散歩ってんなら、元親には会ったか?」
手持ち無沙汰の政宗は、机の上のペンを指先で弄んでいる。
「書類の山に囲まれて唸っていたけれど」
私は先刻の元親を思い出しながら答えた。
一晩であれほどかかるあの書類は、今頃はどこまで片付いているのだろう。
政宗はやっぱな、と言いながら苦笑した。
「やるんじゃねぇかとは思ってたんだ。lazyのツケが回ってきたな」
「相当な量だったわよ」
「火急のもん以外全部溜め込んでたからな。これでも俺も手伝ったんだぜ」
そういえば机の上には元親ほどではないけれど書類の山がある。
「俺の方も朝からかけてやっと今終わった。今休憩入れたとこだ」
「あら、それじゃあ邪魔をしてしまったわね」
「いいや、有意義な休憩だったぜ、lady」
政宗はそう言って私の頭を撫でた。
蘭丸とは逆に政宗は私が小さい頃からこの屋敷に居たから、その分私に気安い。
私もそれを嫌だと感じた事は無いのだけれど、
どうも彼には未だに子ども扱いされているような気がして、それは好ましくない。
「良いわよ。私だって執事の仕事の大変さくらい心得ているつもり。どうぞごゆっくり」
出来るだけ平静を装って来た道を戻る。
「悪ぃ悪ぃ、俺にとっちゃアンタはいつまでも可愛いladyなまんまなもんでな」
後ろから飛んできた政宗の軽口は聞かなかった事にした。
執事長:伊達政宗