シリフ霊殿
Schild von Leiden

執事の居る風景
 抜けた先は執事の私室。
 本当の事を言うと主人が執事の部屋を訪れるのは褒められた事では無いのだけれど、
 私は暇な時にはこうしてちょくちょくここを尋ねる。
 と言っても私が暇な時には大抵は彼らは忙しくて、ここには居ない時が殆どなのだけれど、
 中には逆にこの時間帯を休憩時間としている者達も居て、
 ここで偶然鉢合わせたりするのは十中八九そうした面々だ。

「あ、お嬢様!」
 成長しきらない幼い声。
 私室へ続くドアが立ち並ぶ廊下で、一人の執事が窓の外を眺めていた。
「蘭丸。貴方も今は休憩なの?」
「うん、食事の時間も終わったし。食事じゃない時は給仕って結構暇だよ」
「この間寝坊が過ぎて小十郎に怒られていたらしいけれどね」
「あれは本当に眠かっただけ!今は本当に休憩だよ!」
 慌てて言い足す彼が可愛くて、知ってるわ、と笑いながら返した。
 蘭丸はつい最近執事に昇格した使用人の一人だ。
 働き始めた年齢が早いせいか、我が家で働く人間の中では異例の速さと言われる。
 私は彼がようやく物心のつき始めた頃から知っているので、
 執事となった今でも弟か友達といった気分で彼に接している。

「どう、執事の仕事は?やっぱり、前より大変?」
 二人で廊下の壁にもたれかかり、窓の外を眺めながら話している。
 廊下の窓からは外の風景が良く見える。
 先刻騒ぎがあったというのは本当らしく、所々に人だかりや、
 ともすれば赤いサイレンを回した緊急車両が道の端に停まっていたりする。
「前から比べると大変だけど、これくらい平気だよ」
 蘭丸は街ではなく空を見ている。
 雲がゆっくりと動いていく様を、ただぼんやりと見ているだけのようだった。
「もっともっと頑張って、お嬢様の役に立てるようになる。
 それで、蘭丸は役に立つ執事だって、お嬢様にも信長様にも、皆にも認めてもらうんだ」
「あまり頑張り過ぎなくても、貴方は今でも十分役に立つ執事よ」
「もっとだよ!」
 蘭丸はきっと私の方を見た。
「若造も鬼も風来坊も適わないくらい、もっともっと!
 それでいつか、お嬢様の一の執事になるんだ!」
 昔から変わらない、きらきらした綺麗な目。
 それが私に向けられているという事が純粋に嬉しい。
「頑張ってね。私も応援しているわ」
「うん!」


「じゃあお嬢様、またね!」
 廊下の向こうからぶんぶんと手を振ってくる蘭丸に、私も小さく手を振って応えた。



給仕担当:森蘭丸
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