シリフ霊殿
Schild von Leiden

執事の居る風景
 廊下の終わりは食堂。
 数時間前に昼食が終わって、食堂はひっそりとしている。
 それでも人の気配が完全に消えた訳ではなく、
 数人の使用人が各々テーブルを拭いたり、食器を片付けたりしていた。
 私が普段使う食器がいつも綺麗なのも、銀のフォークに曇り一つ無いのも、
 いつも彼らが働いてくれているお陰なのだと思えば、感慨深い。

「はぁっ!」
 目の前で盛大な叫び声と何かが倒れる音がした。
 視線を下ろすと、見習いと思われる少年が一人、散乱したテーブルクロスと共に床に倒れていた。
「……怪我は無いかしら?」
 余りにも大きな音だったので思わず声をかけてしまう。
 少年は呻きながらゆっくりと起き上がった。
「あら、幸村じゃないの」
「うぅ……はっ、お、お嬢様!」
 執事や使用人にも、退職もあれば新入りもいる。
 今度新しく入ってきたらしいこの幸村は、やる気のある良い少年だと思うのだけれど、
 やる気のついでに失敗や叱責も人一倍多いらしく、よく他の執事に叱られているのを見る。
 私の目の前で転んだり物を壊したりするのを見るのも、これが初めてではなかった。
「お皿だったら大変な事になっていたわね」
「も、申し訳ございませぬ」
「私は気にしないわ。貴方は頑張っているのだもの」
 ただし、気にしないのは私だけだろうけれど。
 食堂近辺担当の使用人達、特に小十郎は使用人の失敗にとても厳しい。
 彼の説教に耐えられず辞めていく使用人もいるほどだ。
 その中で一人、説教にもめげず頑張っているのが幸村だった。
「政宗も元親も言っていたわ、次に執事に昇格するのは貴方だろうって」
 もっともミスがもう少し減ってから、というおまけはついていたけれど。
「まことでござるか!光栄にございまする!」
 散らばったテーブルクロスを片付けていた幸村は、顔を上げて私の方を満面の笑みで見た。
 この子が執事になったらきっと元親のように書類相手に唸る羽目になるのだろうとは思いながらも、
 こんな調子の新入りが何処まで頑張ってくれるのか、とても気になる。
 思ってから少し性格が悪すぎるかしら、と自分を戒めた。
「私も、近い将来貴方が私の傍に侍ってくれるのを楽しみにしているわ」
 言い残して調理場へと向かう。
 多分今頃は小十郎は三時のスイーツを作っている頃だから、行けば会えるだろう。
 少し幸村を叱る回数を減らしてやってくれと頼むつもりだった。
 貴方の叱責は私の部屋まで響くから、とでも言い添えて。


「も、申し訳ございませぬぅぅぅ!」
 少し遅すぎたらしく、耳をつんざく怒鳴り声が聞こえてきた。



執事見習い:真田幸村
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