部屋の中に誰か居る。
何故分かったかというと、声がするからだ。
話し声というよりは呟き。
呟きというよりは、呻き声。
気になってそっとドアを開けた。
誰か病気か怪我でもしているのかと心配になったけれど、
どうやらそうでもないらしいので、少しほっとした。
ドアを隔てた向こうは執務室だった。
父様も時々同じように机に向かっているのをみた事はあるけれど、
部屋にあったのはそれよりも少し質素な、執事用の執務机。
上には山のように書類が積み上げられていて、その中心で誰かが唸っている。
少し背伸びして書類の向こうにある顔を覗く。
案の定な人物に苦笑が漏れた。
「大変そうね、元親」
声をかけると、元親は書類に突っ伏していた顔を上げた。
「おう、お嬢様か……悪ぃけど、相手すんのはこれ終わってからな……」
「分かってるわ」
私は苦笑で答える。
元親が誰かと話をしながら仕事が出来るほど器用な人間じゃないという事は、
誰よりも私が良く知っている。
「昨日からぶっ続けでペン走らせて、やっとこれだけ片付いたんだ」
執務机の脇には、処理済の書類がこれも山のように積み重なっている。
机の上の書類の量の、ざっと倍から三倍はあるだろうか。
「ぶっ続けっていう事は、貴方まさか徹夜でやっているの?」
「いや、途中で仮眠はとったぜ。1時間ほど」
私の方を見て、にっと笑ってみせる元親。
1時間なんて私から見れば寝たうちに入らない。
ただ徹夜した事にはなっていない、それだけの事だ。
とはいえこればかりは横から手伝う訳にも量を減らさせる訳にもいかない。
私は彼に頑張ってね、とだけ言って机の傍を離れた。
「終わったら寝る前に一度報告に来てくれるかしら?労うくらいはしてあげたいわ」
書類を踏まないように気を付けながらドアの方へ向かう。
「労いなんていらねぇよ。これは俺の仕事だからな」
後ろから元親の声が飛んできた。
「この仕事についてりゃ誰だろうと回ってきた仕事だ。出来て当然だろ」
「貴方のそういう責任感のある所は好きだけれど、その言い方は感心しないわ」
彼が有能なのは知っている。有能だからこそ就けた職だ。
けれど、その為にやせ我慢はして欲しくない。
大変なら大変と言えばいいじゃない、といつも思う。
「私は頑張った貴方を労ってあげたいの。それとも労う代わりにベッドを新調しようかしら」
元親から返事が返ってこないので、諦めてドアを開ける。
「……俺ぁベッドより、お嬢様の弾く音楽聴きながら寝てぇな」
ぽつりと漏れた一言。
私は考えておくわ、と返事をしてドアを潜った。
例えば彼の所望するのがピアノだったなら、寝室を移してもらわなくてはいけないもの。
「やっべ、今寝るとこだった!」
再び飛んできた声に、今度こそ吹き出した。
副執事長:長曾我部元親