シリフ霊殿
Schild von Leiden

執事の居る風景
 広い廊下をゆっくり歩く。
 昼間の廊下は明るく、けれど最奥の部屋のドアが見えないほど長い。
 時折ドアを開けて中を覗いてみるけれどどこも無人だ。
 それなのにどこからか人が騒いでいるらしい忙しない声が聞こえてくる。
 子供の頃は、どうしてこんなにもドアがあるのか、使用人達は一体何処から出てくるのか、
 いつも廊下を歩きながら不思議に思っていたような気がする。

「あれ、お嬢様?」
 背後から声をかけられて振り向く。
 相手の背丈が高いので、少し上を向かないと目線を合わせられない。
「慶次。貴方が屋敷内に居るなんて珍しいのね」
 屋敷の中を歩いていて慶次に会う事は少ない。
 普段の彼の役回りは、庭を中心とした敷地内の見回りだから。
 慶次はそれがさー、と頬を掻きながら苦笑した。
「何かこの屋敷の近くで事件っぽいいざこざがあったらしくてさ。
 酔っ払いの喧嘩みたいな小さいもんなんだけど、旦那様がやけに気にしちゃって。
 屋敷周りの警備強化と、お嬢様の護衛強化言いつけられちまった」
 見れば慶次の腰には、普段は嫌がってつけない武器がぶら下げられている。
「物騒ね」
「こんなもん威嚇だって。本当に使ったりは滅多にしないよ」
「つまり、また父様の過保護なのね」
 普段の調子はこんなでも、慶次の腕は武術に明るくない私にもわかるほど確かだ。
 それでも本当は戦う事が嫌いで、武器だって滅多に身につけない。
 私は慶次のそんな優しい所がとても好きだ。

「じゃあ、貴方の仕事を減らしてあげるわね」
 私は慶次に向かって悪戯っぽく笑った。
「私は今日一日、屋敷から出ないわ。屋敷を回って、必ず執事の誰か一人の目に留まるようにする。
 そうすれば私の護衛をする必要はないでしょう?」
「えぇ〜俺別にそっちは減らしてくれなくても良かったんだけどなぁ」
 慶次は駄々をこねる子供のような声でそう言って頭を掻いた。
「嫌よ。私、武器を持っている貴方を見るのは嫌いなの」
 私は慶次の腰元に目をやりながら言った。
 持っていたのを見た事はあるけれど、使っているのを見た事はない。
 けれどそれを見ると慶次が私の知っている慶次ではなくなってしまいそうで嫌だった。
「貴方が頑張って早く片をつけてくればいいのよ。
 そしたら誰かにお茶を淹れさせて、一緒にティータイムにでもするわ」
 ぽん、と大きな胸を一つ叩いて、再び踵を返す。
 廊下は相変わらず広く長く続いていた。


「んじゃ、お嬢様直々のご褒美の為に頑張るとするか」
 慶次も背後で踵を返したらしかった。



警邏担当:前田慶次
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