シリフ霊殿
Schild von Leiden

あなたへ、
 主からの命の無い時は、式神というのは存外暇なものである。
 例えば当の主が別室で調べ物にかかりきりになっている今などは特に。
 妖でも出れば総出で警護にあたるのだが、最近は至って平和でそれすら無い。
 退屈は人を殺すというが、妖は人間ほど簡単には死なない。
 まして主持つ身で勝手に死ぬなど許されない。黙って堪えるのみである。
 まず音をあげたのは、年若い竜と狼の二匹だった。





「あー……つまんねー……」
 ぐったりと縁側に伸びている政宗。
 そのすぐ脇に足を投げ出して座り、元親は杯を傾けている。
「佐助ぇ!暇でござるー!」
 同じく縁側に寝転がり、ばたばたと足で床を蹴って暴れる幸村。
 呼ばれた佐助は大量の蔓植物と籠を両脇に置き、黙々と何かを作っている。
「もー……ほら」
 溜息を吐きつつ、佐助が蔓植物の山の中から一本を取り出し、
 幸村の目の前でゆらゆらと猫をじゃらすように振ってみせた。
「む」
 若い妖ほど野性味が強い。
 幸村はそのまま蔓植物に飛びついてじゃれ始めた。
 獣ではない竜は呆れた視線を蔓と犬に寄越しただけであったが。
「爪立てないでね旦那ーっと……しっかし、暇だねぇ」
「まぁな」
 元親が最後の一滴をすするようにして口に運びながら言った。
「ご主人様が最後に部屋出たの何時だっけ?」
 両手が離せない佐助に代わって政宗が指を折って数える。
「俺が頼まれた本を調達してきた時だな。Hmm...five days ago」
「それからずっと引きこもりかよ。陰陽師ってのも難儀だなァおい」
「毎日食事のために誰か一人呼ばれるくらいだもんねー。
 俺様も大分我慢したと思うけど、見てよコレ売ったら当分生活困らないよね」
 佐助が蔓植物とは反対隣の籠の山を指差した。
 手慰みにと作っていたものだが、既に小山を成している。
「んで、結局Masterの調べ物とやらは何時終わるんだ?」
「ほーんと、俺様達こき使ってもいいからさっさと終わらせて欲しいよねぇ」



「そうして動き回っているから手持ち無沙汰になるのだ。騒ぐ位なら寝ていろ」
 指摘したのは先刻から唯一退屈を訴えていなかった元就で、
 縁側の一番日当たりの良い一角を陣取ってのんびりと尾の手入れなぞしている。
「眠ってなどいては、肝心な時に主様のお役に立てませぬ!」
 猫じゃらしを中断して幸村が反論する。
 元就はちらりと馬鹿にしたような目で幸村を見た。
「貴様、百も齢を重ねておきながら周囲を警戒せずに眠る術も知らぬか?」
「いや、その……」
 獣は本能的に、敵に襲われずに身体を休める術を知っている。
 体力の消費を最低限にとどめ、頭の一部だけを常に覚醒させておくのだ。
 妖の大多数が心得ているものであり、特に獣が年経た妖はこれに長ける。
 年若いとはいえ幸村に出来ぬ訳がない。
「しかし……」
 それでも尚食い下がる幸村に、佐助が笑って助け舟を出した。
「二尾の旦那は、一番にご主人様のお役に立ちたいんだもんねぇ」
「うむ!」
「何?」
「だって寝てる時に命を受けたら、どうしても立ち上がりが遅れちゃうじゃない?」
 皆、一番役に立つのは自分だってご主人様に示したいんだよ。
「……下らぬ」
 元就は一蹴して再び自分の尾にかかりきりになった。



「……しかし、調べ物って何調べてんだろうな」
 空になった杯と瓶子を片付けながら元親が呟く。
「退治の依頼受けた妖の特性とかじゃねーの?」
 政宗も寝そべるのを止めて縁側に座りなおした。
 あまり騒ぐと調べ物の邪魔になりかねないが、話をしている分には暇は潰れる。
「ああ、それはあるかもな。最近は大陸や南蛮からの妖も多いことだし」
 人が地域によって言語や生活習慣を変えるように、所が変われば妖も変わる。
 海の向こうの大陸や、特に南蛮の妖はこの国の妖とは異なる所も多く、
 弱点や退治方法を探すのにこうして片っ端から書物を漁る事もしばしばだった。
「ま、どんな奴だろうと俺のCRAZY STORMで吹っ飛ばしてやるけどな」
 政宗が悪戯っぽく笑う。
 それが導火線になった。
「なんの、某とて負けませぬ!」
 まず幸村が反応して言い返す。
「いざという時には、某がこの命に代えても主殿をお守り致す!」
「ばっか、お前分かってねえなあ。主人と自分、両方助かってこそ格好がつくってもんだろ?」
 笑いながら反論したのは元親だ。
 人間一人庇ったくらいで易々と死ぬなよ、と言われて、幸村が顔を顰めた。
「それは慢心というもの。命を張らねば守りきれぬような敵が現れぬという保障はありませぬ」
「死んだら花実は咲かねえぜ」
「政宗殿!」
「落ち着けよ、誰もMasterの為に死ぬ気がねぇとは言ってねえ」
「この中の誰か一人でも欠ければ、あいつは悲しむ。そういう事だろ?」
「That's right」
「むむむ……」
 一人孤立する形になった幸村が言い返せずに唸る。
 すかさず佐助が横槍を入れた。
「じゃあ三人共、一人だけでやる危険なお仕事があるって言われたらどうする?」
「「「俺が行く!」」」
 まったく見事なまでに同時だった。
 同時に発言したのに気付き、互いに顔を見合わせて睨み合う。
「オイオイ何言ってんだぁ?危険な仕事ってのは有能な奴が行くもんだろ」
「Ha!そんならお前はまず駄目だろうが」
「能力の有無ではなく、まず主殿に信頼を得ている者が赴くのが道理では?」
「何だ、お前がMasterの信頼一番だとでも言うつもりか?」
「……えーと」
 結局皆意見は一緒なんじゃない、と騒動を収めるつもりでいた佐助は、
 段々白熱していく展開を呆けたようにして見守る事しか出来ない。
 元就だけは一向気にも留めずに毛繕いを続けている。
「だからなぁ、俺が……」
「しかし、それでは……」
「……そこの二人もそう思わねぇか?Isn't it?」



 と、騒がしさが頂点に達したあたりで元就がようやく少しだけ三人の方を向いた。
 相変わらず尾をいじりながら、発した言葉はたったの一言。
「煩瑣い。貴様らそろそろ黙れ」
 言って、手入れを終えた尾を軽く吹いて抜けた毛を吹き飛ばす。
「いででででで!」
 次の瞬間、言い争いをしていた三人がもんどりを打って床に倒れこんだ。
 何か飛んででも来たのか、元就の吹いた息がかかった辺りをしきりに払っている。
「九尾の旦那……何したの」
「何、そろそろ主の耳障りであろうと思ったのでな。黙らせてやったまでよ」
「だから、何したのって」
「手入れの際に抜けた毛を針状にして飛ばしただけだが」
「うわぁ……」
 元就の毛並みと同じ金色をした針。石化は治りそうも無い。
 当の本人は馬鹿にしたように鼻で笑っただけである。





「お待たせ〜……やっと出来た」
 幾らも経たない内に障子が開き、疲れきった顔の#奈々が出て来た。
「お疲れ、ご主人様」
「うん……ごめんね、いっぱい待たせちゃって」
「大丈夫大丈夫。騒がしかったでしょ」
「え、そう?集中してたからあんまり……」
「主」
 労う佐助を押しのけるようにして元就が#奈々の前に立った。
「疲れたであろう。まずは休むが良い」
 その後ろでは手入れを終えたばかりの尾がゆらゆらと揺れている。
「うん、休む〜」
 一も二も無く#奈々はそのふさふさに飛びついた。
 未だに悶えている三人を見下ろして、元就が少しだけ満足そうな笑みを浮かべる。
「……旦那」
「何だ?」
「……何でもない」



争奪
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