「月影殿」
声を掛けられて振り返る。
数人の貴族や僧達が、自分の後を追いかけるようにしてついて来ていた。
「月影殿はあやしの技に長けておられるそうですな」
「はい、まぁ長けているというか、そこそこは」
実際どうでも自分が術を使わねばならないという事は少なく、
殆どは式神達がこなしてしまう為、主人本人の術の威力はほぼ未知数である。
作法は知っているがろくに使った事が無いと言った方が正しいだろうか。
しかも当の作法も殆どは本で読んだり式神から教わった程度のものなので、
完璧に頭に入っているかどうかと問われれば甚だ怪しいと言わざるを得ない。
それを知ってか知らずか、貴族達は更に詰め寄ってくる。
「しかし、あやしの技とは一体どれ程のものでございますのか」
「……と言われましても」
「例えばそう、あそこに蛙がおりますな」
成程確かに小さな池のほとりで蛙が数匹日光を浴びている。
「あれのどれか一匹でも、殺して見せる事は出来ましょうか」
「え」
「出来ませぬか」
「えーいや、出来るには出来ますけど……殺しちゃうんですか?
生き返らせる術とかはその、難易度高いんで中々出来ないんですけど……」
ちらりと相手の顔色をうかがってみるが、怯む気配は無い。
むしろ蛙如きを相手に何を躊躇うさっさと殺せとでも言いたげな雰囲気である。
これは覚悟を決めるしか無さそうだ。
「えーと、じゃあちょっと可哀想だけどこの柳の葉っぱで……」
傍に生えていた柳の木から、垂れ下がった葉を一枚頂戴する。
これに霊力を込めて吹けば、対象の方に飛んで行って押し潰す術になった筈だ。
……確か。
失敗は許されないと慎重に力を込めて、そっと葉を吹き飛ばす。
葉は風も無くふわふわと蛙の方へ流されてゆき、やがてその上に乗ったが、
「……あれ?」
一向に押し潰される気配は無い。
その代わり蛙は何かの暗示にでもかけられたようにびくりと一度反応すると、
次の瞬間いきなり貴族の集団の目の前に飛び出し、
「ぎゃっ!」
粉々に破裂して臓腑を四方に飛び散らせた。
陰陽師とその従者を除く全員に、大量の臓腑が万遍無く降り掛かる。
「すっ、すみませ……!」
おかしいなこんな筈じゃなかったのに、と呟くのを背後からの手が押さえた。
今の今まで傍観していた元就のものである。
「もとな……」
「主は霊力が強くておられる故、生半な加減は出来ぬ。以後、気に留め置かれよ」
「ちょ、」
相手が返事もせずに逃げ出してしまった為、言い直しは許されなかった。
「何であんな事言うかなー」
ぼやく主の傍で、九尾は淡々と手を動かしていた。
池に腹を見せて浮いている蛙を集めているのである。
「あれほどやり込めておけば、術を見せて欲しいなどという阿呆は現れるまい」
地面に飛び散ったものも器用に集めている為、彼の右手は血やら肉片やらでかなり悲惨な事になっている。
それから極力目を逸らしながら、ふと思いついた事を言ってみた。
「……術の暴走は、やっぱり元就のせい?」
一瞬だけ、蛙をかき集める手が止まった。
「……やはり分かるか」
「分かるよ!だってあの術で蛙があんな操られたみたいな動きする訳無いし、
蛙一匹殺したにしてはやたら大量に血とか飛び散ったなーとか思ってたんだ!
おまけに何でか池にいた他の蛙まで一緒に死んでるし!」
「ああ……一匹分では全員に行き渡らぬと思ったのでな、これらからも貰ったのだ」
これら、で指先に摘んだ五体満足な蛙の死骸を示してみせる元就。
腹の部分がしなびて見えるのは、内臓をごっそり抜き取られたせいなのだろう。
最早『貰った』などという次元では無いような気がする。
しかも何とか足りたな、などと呟く元就の話しぶりからするに、
わざわざ全員があのような目に遭うように計算して術を使っていたようだ。
性格が悪いとしか言いようが無い。
「ていうか、それならそれでちゃんとあたしにも言ってくれないかな!」
「あの場で主だけに伝える事が出来たと思うか?」
「そりゃ思わないけど!けどせめて突っつくとか服引っ張るとかそういう……」
うっかり式神の方に視線を戻してしまって言葉が途切れる。
「元就」
咎めるように名を呼ぶと、名を呼ばれた式神の喉がごくりと上下した。
「……何だ?」
小骨が喉に引っかかったのか、軽く咳をしながらこちらを振り向く。
いかにも食事中に呼ばれ慌てて口の中のものを飲み込んだという風情である。
尤も彼にしてみれば実際その通りなのだろうが。
道理で先刻からやたらぐちゃぐちゃと生々しい音がしていた訳だ。
「あたし、地面に埋めてあげるんだと思ってた」
「……小腹が空いていたのでな」
九尾は言い訳するように呟いて、口元と手についた血を舐め取った。
柳条