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シリフ霊殿
Schild von Leiden

あなたへ、
「佐助ー」
 とたたた、と廊下を走る軽い足音がする。
 長く白い水干が、持ち主の走るのに合わせてひらひらと揺れた。
「なーにーご主人様」
 夕餉の下準備をしていた佐助が顔を出す。
「あのね、元就見なかった?」
 また九尾の旦那?
 とは、この齢八百の八咫烏は滅多に口にはしない。
「お使い頼んでないのに、呼んでも返事がないの」
「お使いじゃなくても、他に用事を頼んでたとかはない?」
「ううん。寝坊した幸村の布団ひっぺがしたりしてたし」
「へー……そりゃ確かに旦那にしちゃ珍しいねぇ」
 けど俺様は知らないなぁ、と記憶を手繰る佐助。
 そこに、暇をしていたらしい政宗の声が飛んだ。
「元就さんなら、さっき縁側で日光浴してたぜ」
「そっか。ありがとー」
 再びとたたたっと走り去っていく後ろ姿を、烏と竜が揃って見送る。
「……何でMasterってあんなに元就さんばっか構うんだろうな」
「そりゃー一番の古株だし、力だって一番だし?それに、」
「それに?」
「そろそろ午睡の時間でしょ」
「……I see」





 春の日長、太陽のあたる縁側は程よく暖かい。
 横になったらそのまま眠ってしまいそうな心地良さである。
 日頃から日輪を崇め、暇さえあれば日光浴をしている元就ともなれば尚更だろう。
 (……から、これは多分しょうがない事なんだよね)
 どんな理由であれ主人の呼び出しに応じないのは許されない無礼の筈だが、
 今日の奈々はこの一の式神の無礼をこっそり許す事にした。
 呼んでも返事がないのは当然の事、千の齢の大妖は縁側で日光を浴びながら転寝をしていたのだ。
 主人が傍に近付いても気付かない程の熟睡具合だがそれでも人型を保てているのは流石と言おうか。
「ていうかあたしも……眠い」
 いつも枕にしている九尾の尾は、日の恩恵を浴びて殊更ふっさりとしている。
 これで午睡をすればさぞ気持ちが良いに違いない。
「ちょっと貸してねー……」
 起こさないように気をつけながら、ふさふさした尾の一本を自分の方へ動かす。
 いつもは数本まとめて枕にするのだが、今日は特別だ。
 この柔らかさなら一本でも十分そうだし、何より元就を起こしたくはない。
 頭を尾の上に乗せると少し身じろいだが起きるほどではなさそうだ。
「おやすみ」
 やっぱりいつもよりあったかい、と思いながら、奈々はゆるゆると眠りに落ちていった。





 尾に感じるわずかな重量で目が覚めた。
 先刻まで天頂にあった日は山の方へ大分傾き、辺りは薄暗くなり始めている。
「何と……主の午睡の時間ではないか」
 目をこすりつつ起き上がろうとするが、尾がやけに重い。重い上に動かし辛い。
 見ると、今しがた呟きに出した当の主人が自分の尾を枕に眠っている。
 寝ている姿勢や枕にしている尾の本数からして、自分を起こさないよう気をつかってくれていたらしい。
「叩き起こせば良いものを……優しいのかそうでもないのか」
 もう少しで日も落ちる。落ちきれば気温も下がるだろう。
 吹いてくる風が、ほんの少しだけ冷たくなり始めていた。





 奈々が目を覚ました頃には、辺りはもう暗くなっていた。
 山頂の辺りだけが、日が沈んだ直後なのかほのかに明るい。
 冷たい風がしきりに吹きつけている。
 その割に身体が冷えていないのを不思議に思い、周囲を見回すと、
「……あ」
 寝ていた自分の上に、毛布代わりなのか上着がかけられている。
 先刻縁側で元就が身に着けていたのと同じ上着だった。
 元就本人は何事もなかったかのように、先刻と同じ姿勢で眠っている。
「ありがとう、元就」
 くし、と元就が小さなくしゃみをした。





「ご主人様、九尾の旦那!早く起きてこないと晩ゴハン冷めちゃうよ!」



午睡
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