「わーったよ」
最終的に元親がそう怒鳴って碇槍を下ろした。
「この辺りからは手を引く。それで良いんだろ?」
「分かれば良い」
「ったく、その主人大事な所は相変わらずだな」
「……」
「おい野郎共、引き上げるぜ!」
双方兵を退かせ、その場に互いだけになったのを確認すると、元就は兜を脱いで大きく息を吐いた。
「……お前なぁ」
「何だ?」
「誰かに見られたらとか考えろよ」
元就の髪の間からは、金色の毛並みをした獣の耳が見えている。
慌てて元親が周囲を見回してみたが、幸いにも人影はもう無い。
「誰も見て居らぬからこそ見せたのだ。其方ももう兵は退かせたのであろう」
「そりゃそうだけどよ……もしお前んとこの兵士に見られてたら一大事だぞ。
自分とこの大事な殿さんが化け物に食われちまってるなんてよ」
「大事には及ばぬ。一人二人ならば口封じも出来よう」
全く悪びれない元就に、元親の方が音を上げた。
「この兜という物は耳を隠すには便利なのだが、蒸れるのが難点だな」
汗の湿気が篭もって痒いのか、些か乱暴に耳を撫で付ける元就。
その兜は元親が今まで見た事の無いほど奇妙な形状に変えられていた。
「形を変えればましになるかと色々試して居るのだが……次は穴でも開けてみるか」
相変わらず指で耳を弄りつつ、兜の素材や通気性などを色々と吟味している。
今の所は耳だけで尾が出てくる様子は無いが、このまま話していればいずれ出てくるのでは無いかと元親は思った。
「……転生してないのか」
神妙な顔で呟くと、元就は兜に向けていた目をちらと元親に向けた。
「お前ほどの妖力があれば、主人の近しい人間に転生する事も出来た筈だ。何で態々、」
「貴様如きが我が主を主と呼ばわる事は許さぬ」
びしり、と有無を言わせない厳しい口調。
「……『#奈々』、元気か」
「体調の良し悪しの意味合いで聞いているのであれば、これ以上無いほど元気だ。
先日も梅を見に行って、枝を手折って帰りたいと自ら木に登ろうとまでしていた」
「そっか、一応笑ってんだな」
笑いというより苦笑に近いものだったが、それでも元親は顔を歪ませて笑った。
「大陸の女狐とは違う。我とて人間の身体を借りるなど初めてで勝手が分からぬ。
……次は、もう少しましな事が出来る筈だ」
時間が経っても尾が出て来ないという事は、一応人間の肉体を借りて変化の際の負担を減らしているのだろう。
そうでもしなければ、慣れない術を行使する身体の負担は計り知れない。
とはいえ辛そうな様子は元就には微塵も見えない。
相変わらず耳に手をやりつつ兜や武器などを眺め回している。
恐らく元親の事など、もう視界に入っていないに近しいだろう。
「なぁ」
「何だ」
「五百年、経つんだな」
「ほう、もうそれ程になるか」
「これが終わればきっとまた五百年だ。また、五百年一人で生きんのか?」
「……貴様に我の何が分かる」
「幾ら心を凍りつかせても、過去は消えねぇ。
いっぺんでも誰かが傍に居る事に慣れちまったら、独りってのは辛ぇんだぜ」
「……知っておるわ」
孤独