シリフ霊殿
Schild von Leiden

バサラ学園奮闘記
 始まりは不良、もとい、政宗の怪我だった。
 擦り傷やら切り傷やらを全身に負った、重傷でこそないけれど酷い怪我。
 保健室には死んでも行きたくないと言い張るので(そりゃあねえ)
 医療の知識なんて無いに等しいけれどあたしが手当てをした。
「痛ってぇ!#奈々もう少しsoftにやれよ」
「ソフトでもハードでもしみるもんはしみるんだよ。コンタクトレンズじゃあるまいし」
 大体そういう我侭言うんなら端から怪我なんかして来るんじゃない。
 あたしのやり方じゃうっかりマキロンとフマキラー間違えたって気付かないよ。
 片倉さんも半狂乱だったじゃないか。お礼参りとかしに行ったらどうすんの全く。



 保健室で出来ない……というかやらない治療を教室でやっているので、
 好奇心から周りにはクラスメイトが集まってくる。
「で?怪我の原因は何な訳?」
 佐助が傷をガーゼの上からつっついて遊びながら(こらこらこら!)聞いた。
 政宗は答えたくないのかぷいっと横を向いて膨れている。
「案外滑って土手転がり落ちたとかそんなんなんじゃねえのか?」
「元親……流石にそれは無いでしょ」
「いや、分からねえぜ。案外それが恥ずかしくて黙ってるっていうのも考えられ……」
「あ、もしかして」
 佐助がぽんっと手を叩いた。
「旦那、最近黒町高校の奴らと睨み合ってるって言ってたよね。もしかしてそれ?」
「……」
 沈黙は肯定という事にされた。
「え、何、政宗ゴリラとかハイジャック犯とかと喧嘩したの?」
「いやいやいや先生、黒町高校だから」
「だからクロマ……」
「く・ろ・ま・ち!」
 そんな大声で怒鳴らなくたって。
「元々は都立の高校なんだけどね、すっごい偏差値低くて不良の溜り場みたいになってるんだって」
「えーそれってやっぱクロマt」
「違うってば!」
 分かったってばー。
 まぁゴリラならそもそもうちに一人居……後で半兵衛が怖いから止めとこう。
「で、結局その黒町っていうのには勝ったの?負けたの?」
「I'm winner」
 政宗は投げ遣りに片手を挙げてみせた。
「全員のして『じゃ、学校に遅刻するから』って台詞吐いてから学校来た」
「……あのすいませんそれって」
「先刻から外が騒がしいのはそのせいだな」
 ですよね!
 かすが報告サンクス。……あんまして欲しくなかったけど。
 わー、今時あんなレトロな不良って居るんだね。
 何かこう、いかにも俺達不良ですって感じの不良。えーと、ヤンキー?
 政宗とは微妙にタイプが違いそうで根底は一緒そうな。何だそれ。まぁいいか。
 校門の前に群がって、というかもう殆ど校庭に入って来ている。
 ここの教室は一階じゃないから何を言っているのか聞こえないけど、
 多分『伊達政宗を出せ』みたいな事を言ってるんだろうなーと口の動きで察する。
「……どうする?」
 かすがが窓の外を窺いながら言った。
「どうもこうも……追い返さなきゃ」
 あたしがきっぱりと言ったのが不思議だったのか、クラス中の視線が一瞬にしてあたしに集まった。
「いや、だってね、今理事長居ないんですよ」
「それがどうかしたか?」
「あー帰って来るまで時間稼げればって事?」
「違うの!帰って来るまでに片をつけないといけないの!」
「はぁ……?」
「だって、あの理事長だよ?」
 帰って来てあんな奴らが校庭に居たらどうなると思います?
 『是非も無し』とか言いながら不良の群れに突っ込んで行きそうじゃん。
 剣とかショットガン片手に。
 そしてその後には草木一本生えない無法地帯が出来上がるんだ。
「あー……」
「ま、言いたい事は何となく分かるな」
「だから二度と来る気が無くなる位の思いさせて追い返さなきゃならないんだよ!
 しかも理事長が帰ってくる前に!」
 という訳で皆さん、協力して下さい。担任命令。





 ……さて、戦闘前にちょっと互いのデータ(?)を確認などしてみよう。
 校庭にたむろした不良の数はざっと100人。
 うちのクラスでああいう奴らと互角に戦える人数は、どう考えても10人以下。
 政宗、幸村、元親、佐助、慶次、武蔵、忠勝……とりあえずこんなもんか。
「プラスあたしを入れるとして8人……配置とか作戦とか、元就考えてくれる?」
「無理だ」
 あらそんなあっさり。
「手駒が足りぬ。我も出る」
「え」
「……何だその顔は」
「いや、意外で」
 体育の授業さぼるあんたが戦えるとはとても思えなくて。細いし。
「護身術程度ならば心得がある。雑魚を蹴散らす程度の戦力にはなろう」
 おおー流石お坊ちゃま。
 ところで、手に持ってるそのフラフープは何ですか?
「体育倉庫から持ってきた」
「いやそうじゃなくて」
「武器が無くては満足に戦えまい?」
「武器なんですかそれ!?」
 どんな護身術習ってきたんだあんた。
 ……まぁ、そもそも学校にろくな武器なんか無いだろうしね。
 かすがなんか新しいチョーク引っ張り出してきて武器にするつもりみたいだし。
 ん、かすが?
「こーら!女の子は教室に居なさいってば」
「そんな、私だって戦える!」
「駄ー目ってば。危ないでしょ」
「女の先生が出るなら私も出る。守る事くらいは出来る筈だ」
「うっ……」
 見ると、他の生徒達も次々校内から武器と思しき物を次々と選び出し構えている。
 1年の教室では半兵衛が嬉々として万国旗を引っ張り出していた。(一応聞くけどそれもしかして武器?)

「……うっし」
 あたしはやっと腹を括った。
 ここまで進んでしまっているんだから、事を起こさない訳にはいかない。
 何より戦おうって言い出したのはあたしだし。
 出撃命令を待っている面々に向かって指令を下す。
「政宗、木刀の使用を許可する!取っておいで!」
「Yes,sir!そう来なくちゃな」
 政宗がにやりと笑ってロッカーを開けた。
「幸村、部活用の竹刀使ってもいいよ!手加減は無しで!」
「承知!」
 幸村が楽しそうに手にした竹刀を振るった。
「元就、会長権限でこの事は是非とも揉み消しておいてね!」
「無茶を言うな!」
 元就が作戦を練っていた顔を上げて怒鳴った。 
 えーそれ一番頼りにしてたのにぃ。
「……まぁいっか。戦闘開始!佐助、鏑矢!」
「せんせーそんな物ありませーん」
「あー何かそれっぽいもん投げとけばいいよ。そこのそれ、黒板の内容指す棒みたいな奴とか」
「え、投げていいのコレ」
「いいよ後で理事長にまた買って貰うから」
 こういうのは雰囲気です雰囲気。



 あたし達が不良に特攻をかけたのを皮切りに、他のクラスからも加勢が来た。
 血気盛んなのが多いなぁ、うちの学校は。
 たまに、生徒じゃなくて先生が来てる場合があるのが気になるけどね。
 半兵衛とか豊臣先生とか。
 前者なんか万国旗でよくもまぁあそこまで戦えるもんだと。
 ……いや、素手の豊臣先生の方がすごいのか?
 あっちに居るのは多分片倉さん。……あれ真剣じゃないよね?模造刀とかそんなのだよね? 
「幸村よ、倒した敵を師と思え!」
「はっ!燃えて参りましたぁ!」
 ……あーあー、あれ武田先生だ。師弟揃って燃え上がっちゃってますねー。
 あ、あたし?一応善戦しておりますよ。
 とはいえ皆さんのように奇天烈な物を武器にする程の力量はございませんので、
 (木刀竹刀はいいとして、モップにチョークに丸めた地図にフラフープ……)
 学校に護身用としておいてある指叉を。
 教員免許取る時に一通り教わったんですよビデオ見ながら頑張って!
 元が捕り物用の捕縛武器だから殺傷力は低いんだけどね。
「てや」
 がつん。
 ……すいません、取り回しが下手なばっかりに単なる殴打武器と化してます。
 おっかしいな、確かビデオだとこうやって棒術みたいにくるくる回して……
「よっこら」
 ぼこん。
「ぎゃっ!」
「あ、ごめん」
 いやいや何敵に謝ってるんだあたし。
「てめっ、この……!」
「おっと」
 隠し持っていたらしい小型ナイフを、咄嗟に指叉を返して弾く。
 よし、大分慣れてきた。
 慣れて来はしたんだけどコントロールが苦手なのは変わりないようで、
 弾く方向を間違えてうっかり自分の頬っぺたを切ってしまった。
 ……まぁ、本当に刺されるより傷は浅いだろうしいっか。精進精進。
「おい#奈々、お前その顔の……!」
 偶然傍に居た元親がいち早く見つけて声を上げた。
「あーこれ?まぁ掠っただけだし血もあんま出てないし、平気平……」


「「「てめぇ(貴様)ら……」」」


 あれ今何か凄い勢いで皆の声が揃った。
 えっちょっと待てよこの状況下でうちのクラス団結したらやばいんじゃないの。
 ただでさえ皆頭に血が上ってるのに。
 ちょっと皆落ち着きなさい、とあたしが声を張り上げようとした瞬間だった。



 ファンファンファン、と些か間の抜けたサイレンの音。
「貴様ら、そこで何をしている!悪だな!」
 あ、長政さんだ。
 警察の登場で不良側が一気に戦意を失くす。
 逃げようとしても正門前にパトカーが止まってるから完全なる袋の鼠。
 まぁ、よく考えたらこんだけやってて近所の人が気づかない訳が無いよね。
「#奈々……」
「その声はいっちゃん?あれ何でここに」
「長政様が、何だか騒がしいって言うから……それより、その怪我は……」
「これ?もー皆心配性だなーちょっと弾き損ねただけで」
「あの人達がやったのね……?」
「え」
 俯いて何かをぶつぶつと呟くいっちゃん。
 そのオーラが急にどす黒くなって、地面から何か手みたいなのが伸びてきて……
「いやあのちょっと待って、ホント待って下さいお市さん、それはマジでストッ」

 プ。





「……それで、この怪我人の数ですか」
「いったい痛い痛い光秀痛い!もっと優しく!」
「そう思うのなら、端から私に怪我の手当てなど頼まない事です」
「うぅー……」
「それとも、こんな怪我をする前に私に加勢して欲しかったですか?」
「……ううん、いい。我慢しててくれてありがとう」
 結局不良との戦いにプラスアルファで怪我人三割増。
 長政さんという国家権力は、帰って来た理事長といっちゃんがダブルで黙らせた。
 うーん、結果オーライなのかそうでもないのか。
 とりあえず最悪の事態は免れたらしいので良しとしておこう。
「しかし、貴女が武器を扱えるとは驚きました」
「うん、まぁ、大学でちまっと習っただけだけどねー」
「いずれ私ともお手合わせ願いたいものです」
「……うん、えっと、当分遠慮しておくよ。」




喧嘩
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