シリフ霊殿
Schild von Leiden

バサラ学園奮闘記
 #奈々、二十ン歳。
 学生の方々に比べれば年をとったなぁと言わざるを得ないんですが、
 (時々何でここを職場にしたのかと口惜しくなるんです)
 この年になって初めて見た物があります。


 ヤキソバパンの空中遊泳。


 地球上で物体が空中に放り上げられた場合、空気抵抗と同時に重力も働くため、
 上昇は途中で止まり、止まった後は重力に従って落下してゆくのが常だ。
 それが数秒は空中に留まっていたと思うから、実際どれくらいの勢いですっ飛んだんだろうね。
 このヤキソバパン。
 いやそれはもうあたしの手の中に着地しているから心配すべきはこれじゃない。
「幸村……幸村ー?」
 こっちだ。
 いくら丈夫なのが取り柄とはいえ、鉄筋の床に顔面から倒れこんだダメージは相当でかいだろう。
 下敷きになったメロンパンはさぞかし無残な事になっているに違いない。
 アーメン。
 幸村は車に轢かれた蛙のような姿勢でしばらく突っ伏していたけど、やがて呻きながら身体を起こした。
「うぅ……はっ、せ、先生!」
「うん、先生」
 散らばったパンを拾ってあげながら言うと、幸村はあからさまに顔色を変えた。
 赤か青かと言われれば、赤。
 分かる分かる、こういう失敗って傍に知人がいると恥ずかしさ倍増するよね。
「も、申し訳ございませぬ、見苦しい所を……」
「いやいや」
 笑えたし、と言おうとしたけど余計に落ち込む事請け合いなので止めた。
 かき集めたパンの数はゆうに10個を越えている。
「まさかとは思うけど、これ全部幸村が食べる訳じゃないよね?」
 誰かの分も一緒に買ってきてあげたとかそんなのなんだよね?
 というか、そう思いたいというか。
 だとしたら誰のだろう。元親あたりメロンパン咥えてるのが似合うかもしれない。
「無論、某一人で食べる訳ではありませぬよ」
 良かった。
「このヤキソバパンは佐助の分でござる」
「へー……で?」
「で、とは?」
「他のは?」
「某の分でござる」
 お前それ殆ど全部自分で食べるのと変わりないじゃん。
 ああ言いたい、ものすごくそう言って突っ込み入れたい。
「……何、うちのクラスって購買でパン買う人少ないの?」
 何とか我慢してそう質問すると、幸村は首を傾げた。
「さぁ……某はいつもチャイムが鳴ると同時に購買に走るので、詳しくは」
 成程、それ故のこの大漁なんだな。
 早く行かないとものすごい人になるからね、購買って。
「あっ、でも、政宗殿は片倉殿の作って下さったお弁当を食べるそうにござるよ!」
 わぁ美味しそうだなぁそれ。片倉さん家事とか上手そうだもん。
「長曾我部殿は家のお弁当では間に合わずに店で買ってくるという話でござるし」
 道理で早弁する割には午後の授業中にお腹空かせたりしないと思ったよ。
「毛利殿はかろりー何たらという黄色い箱に入った菓子を食しておりました」
 ああ、らしいなぁ。
 甘い物とかお菓子には目が無いけど、肝心の食事の方には無頓着なんだよね。
 何ていうか、食べ物があったらとりあえずそれを食べる、みたいな。
 (しかも全部な。不思議な事にこれはクラス全員共通だ。)
「で?」
「で、とは?」
「佐助は?」
「ですから、先刻も申した通り、これ」
 幸村が指差したのは未だにあたしの手に着地した姿勢のままのヤキソバパン。
「え、これだけ?」
「うむ」
 佐助、何て不憫な……!
 もっぱら脳みそでしかブドウ糖を消費しない元就と違って、佐助はまがりなりにも運動部だ。
 動けば当然お腹も空くだろう。
 例え朝に幸村に負けない程食べてきていたとしても、
 食べ盛りの男子高校生がヤキソバパン一個で夕方まで保つ訳がないだろうに。



「幸村」
 パンを抱え直した幸村を呼び止めて、ポケットからなけなしの非常食を取り出す。
 ええ、いちごポッキー大好きですが何か。
「これ、佐助に渡しておいてくれない?」
「佐助にでござるか?」
「うん、何か色々大変みたいだから、頑張ってねって言っておいて」
 幸村は訳が分からなかったのかしばらく首を傾げていたけど、
 やがて「分かり申した!」と言ってポッキーをパンの山の上に受け取った。





 放課後、佐助が最敬礼をして帰っていった。
 不憫な……(ほろり)




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