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シリフ霊殿
Schild von Leiden

バサラ学園奮闘記
 昼休み。他の先生達は昼食を取りにあちこちへ散らばっていった。
 あたし?いや、あたしもお腹は空いてますけどね。
 今はそれより行きたい所があるんだ。
 生徒達でごった返している廊下を、生徒達をかき分けかき分け進む。
 廊下の奥のここにだけは、何故か滅多に生徒が寄り付かない。
 まぁ、理由は分からなくも無いけど。
 教室の横にかかっている札の名前は『保健室』。



 この部屋には滅多に人が来ないので、従ってここのベッドにも滅多に人が来ない。
 保健室に入ると、あたしはすぐさまベッドに倒れこんだ。
「おや、珍しいですね。貴女が私の所に来るなんて」
 机に向かって何かを書いていた保険医が、顔を上げてあたしの方を見た。
「そ~お?疲れたら結構頻繁に来てるつもりなんだけど」
「元気だけが取り柄の貴女が疲れるという事自体珍しいのですよ」
「それ、褒めてんの、けなしてんの?」
 光秀は少し笑っただけで答えなかった。(肯定か?肯定なのか?)
「お疲れなのですか?」
 あっ、話逸らしたな。
「お疲れでしたら私が寝かせて差し上げますが」
「や、あんたの場合二度と起きれそうにないからいい」
「それは残念ですね」
 本当に残念そうなのが恐ろしい。
 あたしは脱力してベッドに顔を伏せた。
「それで、疲れた理由とは何です?ついにあの子供達に耐えかねましたか?」
「んー……いや」
 嘘でも頷こうものならこいつは本当にメス片手に教室に特攻していきかねない。
 大体あたしは一応今の所彼らと戯れるのが生き甲斐ですから。
 好きな事するのは苦にならないよ、と言うと、光秀はちょっとだけつまらなそうな顔をした。
「では何を?」
「……徹夜でゲームやっちゃってねー。最初はほんの気晴らし程度だったのにまーハマるハマる」
 お陰で全クリだ。
「奈々、自業自得という言葉を知っていますか?」
「言わないで、あたしが一番思い知ってる」
「好きな事をしているのにゲームは疲れるのですねえ」
「お黙り」
 そういえば光秀とこうして話すのどれくらいぶりだろう。
 前に理事長ん家で晩御飯食べて以来?うーわー相当久し振りだね。
「……あのさぁ」
 我ながらせめてベッドから顔を上げろという話。
「何です?」
 それでも光秀はきちんと答えてくれる。
「何であたしと話してくれるの?」
「奈々は私と話したくないのですか?」
「いや、そういう訳じゃないんだけどさ……」
 違うこういう事を聞きたかったんじゃない。
 何かもっと別の聞き方があった筈なんだ。どういう質問すればいいんだ。
 ああ畜生頭痛が邪魔をする。徹夜のダメージが思ったよりでかい。
「……あんさぁ」
「何です?」
 気を取り直してもう一度。
「……あたしさ、今幸せなんだ」
「そうですか」
「ここはさ、すごく良い所だし」
「そうですね」
「皆あたしの事好きだって言ってくれてて、あったかくて優しくて」
「はい」
「仕事は楽しくてお金もそこそこあって、ゲームも出来てイケメンに囲まれて」
「随分と雑念の入った幸せですね」
「いいんだよ別に」
 しょうがないじゃないか。
「まぁとにかくそんな訳でさ、あたし今ものすごく幸せなんですよ」
 むしろ幸せすぎて怖いくらいに。
 そう、多分こんな感じなんだ、幸せすぎて怖いって。
 幸せだって、幸せすぎるくらい幸せだって思うからこそ、
 この幸せが何かの拍子に壊れた時の事を考えると怖い。
「……この幸せ無くなったらあたしどうなっちゃうんだろうかなってくらい怖い」
 光秀は今度は相槌を打たなかった。
 ベッドにつっぷしているから見えてる訳じゃないけど、光秀の視線がこっちに注がれているのが分かる。
 おいおいそこは皮肉って終わらせる所でしょう何真面目になってんの。
 こっちは睡眠不足で眼精疲労な上にブルーデーですよ?
 まともな思考が働いてる訳が無いじゃないですか。



「そういう事は実際起こってから考えるものですよ」
「ですよねーあっはっはっは、ごめん忘れて」
 返事が返ってきたので、あたしは安心してさっきまでのあたしを笑い飛ばした。
 顔を上げると、光秀がいつもの表情であたしを見ている。
 その表情が不意に真面目になった。
「ですが、もしそのような時が来たなら」
「ん?」
 驚いて瞬きをすると、もう光秀の顔は元に戻っている。
「私の所にいらっしゃい」
「はい?」
「私が貴女を寝かせて差し上げますから」
「いや、だからあんたのは」
「寝ている間は、少なくとも幸せでしょう?」
 今度こそ瞬きをしても光秀の表情は変わらなかった。
 いや、確かに永遠の眠りは永遠の平和イコール永遠の幸せと……
 うんあの、考えるの止めよう。
「……いやー、光秀ならではの慰め方だねぇ。ありがとう」
「どういたしまして。お待ちしていますよ」
「うーん……」
「心配しなくても、その時は貴女に代わって私が幸せになるまでですから」
「きゃー」
 ふざけて叫びながら笑ったら欠伸が出た。気が抜けたら眠気が襲ってきたらしい。
「あっはっはっはっは……あー眠」
「お休みなさい。昼休みが終われば起こして差し上げますよ」
「うん、そうして」
 再びベッドに顔を伏せて、直後にそういえばと起き上がる。
「あたしお腹も減ってたんだった」
「……パンでよろしいですか?」
「あんぱんがいいー」
「はい」
 光秀は笑って引き出しからアンパンを出してきた。




保健室
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