シリフ霊殿
Schild von Leiden

バサラ学園奮闘記
 今年の終業式は12月の23日だった。
「なー先生、クリスマスって学校休みだよな」
「そうなるね」
 仏教と八百万の神が大多数の国では別に国を挙げて祝う必要も無い筈だけど、
 それでも何故か祝ってしまう不思議国家ニッポン。
「俺、先生からのクリスマスプレゼント欲しーなー」
「ちゃんと用意してあるよ、クラス全員分」
「え、マジ?」
「うん」
 教卓に頬杖ついてる元親を退かして、大きな紙袋を代わりに教卓の上に置く。
 持って来るの結構苦労したんですよ、これ。重いから。
「今学期の通知表だけどね」
「「「げっ!」」」
 政宗、元親、幸村、慶次、家康、武蔵。いつもの面子。
 やっぱり存在を忘れてたか。
 きっと通知表の中身は君達のその態度を裏切らないと思うよ。





 12月24日、教師に許された数少ない休みの最初の一日。
 朝目を覚ますと家の中がクリスマス一色に染まっていた。
「……わぁお」
 うちにこんな大きなクリスマスツリーってあったっけ。
 大きい小さいどころかそもそもクリスマスツリーがあったかどうかも怪しいな。
 寝起きのぼんやりした頭でベッドを降り、のそのそとリビングに向かう。
 あ、味噌汁のいい匂い。
 決して広いとは言えないそのリビングに、いつぞやの面子が勢揃いしていた。
 あれだよ、いつだかあたしが夏バテ起こした時に見舞いに来てくれた面子。
 半兵衛とちびっ子達といっちゃん夫婦除く。つまりB組の面々だ。
「あ、おはよー先生」
 エプロン締めて頭にバンダナという出で立ちが妙に似合う佐助がキッチンから顔を出した。
「そこ座ってて、今先生の分のゴハンよそうから」
「あー……うん」
 あたしがちゃぶ台の前に腰を下ろしたのを確認すると、年若いオカンはまたキッチンに引っ込んでいった。
 そっと首を伸ばして覗いてみると、鍋から味噌汁をよそっている所だった。
 また妙に様になってるんだこれが。
 テーブルに並んだ料理の本当に男子高校生が作ったのかと言いたくなる程。
 ねぇ、この焼き魚とかほんと絶妙な焦げ目のつき方だよ。
「はい」
「……ありがとう」
 きらきら光る白米のご飯に、豆腐と油揚げの味噌汁。
 ちゃぶ台の向こうでは政宗と幸村が最後の卵焼きをめぐって睨み合っている。
 その最後の一個を武蔵がこっそり取って行ってフルボッコにされてたり。
 隣では元親が豪快にご飯をかっ込み、元就が行儀良く味噌汁をすすっている。
 こんな豪勢な朝ご飯を食べたのも久し振りだけど、そういえば他人と一緒に朝ご飯なんて何年振りだろう。
 思ったのだけれどどうもあたしの口はそんな事素直に口に出してくれないらしい。
「いいなー、佐助18になってたら絶対あたし娶ったのに」
 口をついて出たのはそんな言葉だったから。
 家康とかすががあたしの背後で笑いをこらえていた。
 小太郎と忠勝も身体が震えてる気がするのはあたしの気のせいかな?



「それで、皆は何の用で来たの?」
 まさかあたしに朝ご飯を振る舞いに来た訳ではあるまい。
 そう尋ねると、キッチンから佐助が台拭きで手を拭きながら戻って来て言った。
 (ていうかほんとこの子何で一つ一つのオカン動作がこんなに似合うんだろう)
「先生にクリスマスプレゼント貰いに」
「はぁ?」
 油揚げを口に咥えたまま首を傾げるあたしに政宗が捕捉した。
「#奈々、まさかあんな紙切れ一枚で俺らを誤魔化せたとは思ってねぇだろ?」
「うっ……」
 まぁ、うすうす そんな気はしてました。
「じゃあ明日来れば良かったじゃん。今日はイブだよイブ。深司君だよ」
 あれ、テニプリって最近はもう人気下火なのかな。好きなんだけどな不動峰とか。
「前日から言っといた方が効果あがるでしょ?」
「確信犯か!」
「我は止めたぞ」
「嘘つけ、通知表見て不満そうだったじゃねぇか」
「あ、あれは予想より成績がふるわなかっただけだ」
 元就お前もか。(ブルータスお前もかのノリで)
 まぁ昔から朱に交われば赤くなるとは言いますが、最近君どんどん周りのテンションに感化されて来てるよね。
 無表情で他人に冷たいよりは喜ばしい事なのかもしれないけどさ、うん。
 先生としてはちょっと悲しいな。ストッパーいなくなっちゃったみたいで。
「分かったよ分かりましたよ買ってくれば良いんでしょ買ってくれば」
 食べ終わったお椀を流しに出しながら投げやりに答える。
 うちの生徒たちのこういう所はあたしの好きな所でもありうざったい所でもあるね。
「やりっ!」
 それでも生徒達の喜びっぷりをみてるとつい頬が緩んじゃったりして。
 うーん、あたしが母親だったら絶対子供マザコンになってるね。考えすぎか。
「じゃあそういう訳だから今日の所は君たちは帰りなさい」
「え、何でだよ」
「プレゼントの中身今知っちゃ面白くないでしょ」
「……ま、それもそうだな」


 生徒たちが帰った後、あたしが真っ先にやったのは財布の中身の確認だった。





 さて、約束したからには実行しないと怖いのがうちの生徒達です。
 場合によっては実行できるかどうか思いっきり監視されたりもします。
 一応春からの付き合いだしそんな事分かってたつもりだったんだけどさ。
 (……これはちょっと予想外だった)
 七人の小人に覗き込まれながら目覚めた白雪姫の気持ちが今なら分かるよ。
「せんせー、起きた?」
「……起きた。
 起きたけど政宗と元親と幸村と慶次と家康と武蔵、ついでに佐助も、退いて」
 どアップで顔の前にいられちゃ起きれません。
「せんせー、プレゼント買ったか?」
 武蔵君第一声がそれですか。
 起き抜けにいきなりそういう事言われると先生ちょっと悲しいな。たかられてるみたいで。
「買ったよ、置いてあったでしょ」
「え、何処に?」
「あー……」
 のっそりと起き上がって、昨日の面子が待っているであろうリビングへ向かう。
 まぁ、案の定。(皆さん随分とキラキラした視線ですこと!)
 微妙に寝癖のついた頭をかき回しながら皆の前に立って……
「……ちょっと待って、身だしなみだけ簡単に整えさせて」
 感動のシーンにこの出で立ちはいささかマズイ。



 リビングにいきなり置いてあった、寝室のより一回りは大きいクリスマスツリー。
 何でも元就の家の蔵にあったのを皆で持ち込んだんだそうな。
 まったく、いらん事にばっかり金使うねこのお坊ちゃんは。
 それとも金持ちって皆そんなもんなのかな。金銭感覚が貧乏人とは違うというか。
「これです」
 その下に、綺麗に包装されたプレゼントの山がある。
 あたしに気をやりすぎて、自分達の傍にあるのにも気付かなかったんだろうか。
 それともあたしが皆にプレゼントを配ってくれるのを待っててくれたんだろうか。
 まぁ、それは考えても仕方が無い事だ。
「よっこらせ」
 どかっ、とプレゼントの山を目の前に置いて分配していく。
 名前つきのカードつけておいて良かった。全員中身違うもんねー。
「はい、まずこれは家康と忠勝に」
 ええ、カップル用マフラーですが何か。
 仕方無いじゃないか長さ的に丁度良いのがそれしかなかったんだ。
 いつでも乗っかって乗っかられて登校してくるから、一緒でも構わないかなと。
「あ、かすがの分はちゃんと一人用のマフラーね」
 白地に青い薔薇の刺繍。かすがは白が合うからきっと似合うだろう。
 それに、かすがが大好きなあの人は、薔薇とかそういう華麗なのが好きだから。
「武蔵のは靴下」
 だって君時々裸足で登校してきたりするんですもの。見てるこっちが寒い。
「幸村は手袋。ちゃんと赤くしてありますからね」
 時々真っ赤な手で竹刀を振るっていたりするから。
 寒い時にそんな事すると最悪皮めくれてきたりするんですよ知ってた?
「……先生、じゃあ俺様のこれも手袋?」
「あ、いやそれは鍋つかみ」
 精々活用してください年若きオカン。(笑)
「小太郎には帽子ね」
 恥ずかしがりな彼の為に、ちゃんと前髪で目は隠れるようにしてあります。
「元就には大学入試の参考書」
 教室で読んでたのがもうボロボロだったから、
 それよりもう少しレベルが高いやつにちゃんとしたブックカバーをつけて。
「元親は腹巻」
 冬なのに夏とそんなに変わらない格好の貴方を心配して。
 それをつけるか、せめて制服の前のボタンは留めて下さいね。
「で、政宗がポッキーと」
「おい」
「ごめんごめん冗談だって。はいセーター」
 背中に昇り竜の刺繍を入れてあります。派手好みな貴方にぴったり。



「……皆、気に入った?」
 あたしがおずおずと尋ねると、皆は笑顔で頷いてくれた。
「はぁ、それなら良かった。昼から明け方4時まで頑張った甲斐があったよ」
「「「4時!?」」」
 うわぁすごいハモりよう。
「買ってきたんじゃなかったの!?」
「買ってきたよ、毛糸と刺繍糸と参考書。あと包装紙とカード」
 あと政宗への冗談用のポッキー。これは夜食のつもりだったんだけどね。
「いやー全員分買ったらんー万円もかかるなーと思いまして」
 節約です節約。貧乏アパート暮らしだから。ははは。
 とりあえず材料だけ買ってきて、マフラーと靴下と手袋と帽子と腹巻とセーターを編んで、
 家の中に残っていた端切れで鍋つかみとブックカバーを作って、
「手作りじゃないならどうしてプレゼントに皆の名前が入ってるんだと思う?」
 それぞれに皆の名前を刺繍した。



「さ、分かったならご飯食べよっかー。佐助、また何か作って……」
 腰を上げようとしたあたしは、次の瞬間生徒達にこぞって襲いかかられた。




クリスマス
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