シリフ霊殿
Schild von Leiden

バサラ学園奮闘記
「あー……」
 今日の分の作業を始めて早数時間。
 ペンを置いて、ぐりぐり肩を回しながら息を吐く。
「お疲れのようだね」
 半兵衛が目聡く見付けて声を掛けてきた。
 休憩、と差し出してきたコーヒーをありがたく受け取って口をつける。
「いやー内申書書くのがこんなに大変だとは」
「そうか、君は学級担任は初めてだったね」
 ええ、初めてどころかそもそも教師になったのが去年とかその辺です。
「うあー……目と頭と肩と手と腰が痛い」
「……サロンパスでも買って来ようか」
「ばばくさいと言いたい所だけど後でお願いー」
 筋繊維がぶち切れるかと思う程の疲労だ、なりふり構っていられるか。
 正直コーヒーの入ったマグカップを利き手で持っているのすら辛い。
 これで書き終わった内申書の山に零したりしたら絶望するね。マジで。



「彼らはきちんと受験勉強してるのかい?」
「んー……してるんじゃん?」
「学級担任にあるまじき言い方だね」
「だって皆あたしが教室に入ると勉強止めて寄って来るんだもん」
 あたしには目が二つしか無いので、寄って来られればそっちに目が行くんです。
 直前彼らが何をしていたかなんて分からないんです。ましてそれを生徒全員分なんて不可能なんです。
 こっちだって出来る事なら学習状況ぐらい把握しておきたいよ。
 うちのクラスの一応の長所がまさかこんな所で仇になるとは。
「……まぁ、ちらちら見る分には勉強してるっぽい」
 幸村が珍しく英語の単語帳見てるとか、その横で政宗が教えてあげてたとか、
 教室に入る直前にちらっと見えたりする事がある。
 例えば死角で誰かが勉強さぼっててもあたしには分からないけど、
 少なくともそうして見る分には皆最低限の勉強はしてるように思える。
 それならあたしも安心して内申書が書けるってもんです。
 担任の言う事を良く聞く明るい子ですなんておべっかが無駄じゃなくなる。
 内申書って先生皆割と気合入れておべっかするんだよ知ってる?
 何てったって可愛い教え子の志望校に判断材料として提出するんだから。
「僕としてはよくあんな生徒達の内申がまともに書けると思うけどね」
「うんまぁ、全員の共通項として一応褒めるべき所はあるし」
 とりあえず『協調性がある』と『実行力がある』だけは全員入れてある。
 後は『明るい』とか『先生の言う事をとてもよく聞く』……かな?
 正確を期すと『無駄に』とか『変な所』とか頭についちゃうんだけど、
 そういう都合の悪い所はさらっと省いてあげるのが教師の優しさ。



「……皆結構すらすら書けちゃってさぁ」
 書き続けて手は痛いけど、文章は止まる事無くすらすらと出て来る。
「ほんと、もうちょっとで書き終わっちゃうんですよ」
 あれっ君達これだけで良いの?滑り止めとかもう一校要らない?
 自分の作業が増えるだけだっていうのに何だかそんな事を言いたくなってしまう。
 何か、これ書き終わったらほんとに色々近付いちゃうんだなぁと。
 やばいなぁ初めての受け持ちクラスでこんなに感情移入しちゃって、
 この子達以降の担任やっていけるんだろうか。やらないかもしれないけど。
「……そんなものだよ」
 ぽん、と半兵衛の手が頭に置かれる。
 でも何をするでも無く、そのままさらさらと髪を撫でて落ちていった。
「大丈夫、彼らはきっと君を忘れないで居てくれるさ」
「……だろうと思います」
「数人くらいうちの大学に来るかもしれないし」
「……滑り止めっすか」
 内部受験って下駄が履けるしね。
「案外浪人してもう一年くらいは君の所に遊びに来るかもしれない」
「ごめんそれフォローになってないから止めて」
 数人冗談で済まなそうな奴が本当に居るんだからさ。
 結局うちのクラスの学力はトップと平均とどん底で見事に三層のままなんだよ。
 トップ組の元就かすがと平均組の佐助忠勝小太郎辺りしか安心出来ないんだよ。
 ぎりぎり組が本当にね……あの子ら滑り止め大丈夫かな心配になってきた。
「また勉強会開かせようかなぁ……元就の家で」
「内申書書き上げてからね」
「……そうでした」
 がんばれあと十部。




内申書
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