シリフ霊殿
Schild von Leiden

バサラ学園奮闘記
 休み時間、職員室で珍しい人に声をかけられた。
「うつくしきあるじよ、このたびはあのいまわしきばてれんをめっしたとか。よきことですね」
「……あ、どうも」
 国語科の上杉謙信先生。
 板書やテストの文字がことごとく平仮名なので有名な先生だ。
 読み辛いともっぱらの評判。(まあ幸村とか武蔵とか、漢字の苦手な面々は喜んでますけどね)
「ところで何ですか、美しき主って」
 謙信先生は滅多に他人を本名で呼ばない。
「そなたはあのがっきゅうのかわりものたちをまとめるうつくしきあるじですからね」
「あー……そ、そうですか、それはどうも」
 美しきの部分に関する説明があまりなされていない気がする。
 ていうかやっぱり謙信先生もあのクラスが変人揃いだって思ってるんだ。

「それで、謙信先生何かご用ですか」
 まさかザビーに鉄槌を下した事をわざわざ褒めに来た訳でもあるまい。
 確かに謙信先生ザビーの事大っ嫌いっぽかったけどさ。
「それなのですが、わたくしのうつくしきつるぎについてなにかきいていますか」
「剣……あー、かすがですか」
 美しき剣ことかすがは、謙信先生が顧問をやっている演劇部の所属だ。
 事ある毎に顧問と二人してヅカまがいの劇を上演しているとかいないとか。
 今頃は文化祭が近いから練習も佳境の筈なんだけど、
「かすがは今日はまだ来てないですねえ。無断欠席なんてする子じゃないのに」
 珍しい、と呟くと、謙信先生は少し考えるように遠くを見た。
 ああ、うん、物思いにふけってらっしゃる姿もお美しいですネ。
 そっちの気は無いけど、かすががはまるのが分かるわ。
「つまりそちらにはつるぎかられんらくははいっていないのですね」
「はい、すいませんが。登校してきたら聞いてみますよ」
「いいえ、よいのです。わたくしのほうにはれんらくがきておりますので」
「……へ?」
 どういう事ですかそりゃ。
 呆けた顔のあたしが面白かったのか謙信先生はくすりと笑って、
「つるぎはきょうはかぜでけっせきだそうです。
 わたくしのほうにはれんしゅうにでられなくてすまないとれんらくがありました」





 成程、小太郎の欠席の理由はそれか。
「連絡くらいしてくれれば良かったのに」
 眠っているかすがの枕元で言うと、小太郎は無言で部屋の隅の電話を指差した。
 一見普通の電話、よく見ると電話線がぶっつりと切断されている。
 そしてその横、真っ二つにへし折られた多分小太郎の携帯。
「……前言撤回、かすがが起きたら叱っとく」
 何だいそうまでしてあたしに連絡したくないのかね。
 謙信先生への連絡には、かすが本人の携帯から連絡したらしい。
 小太郎の欠席連絡がなかったのは、かすがが電話に出るとあたしに怪しまれかねないからだろう。
 (小太郎本人は多分電話口に出ても喋らないだろうしね)
「まあ何はともあれ、お疲れ様だったね。小太郎は帰ってもいいよ」
 代わりにあたしが居るから、と言っても、小太郎はふるふると首を振る。
「何、一緒にいてくれるの?」
 尋ねると今度はこっくりと頷いて、あたしの手にあった買い物袋を受け取った。
 手伝ってくれるつもりらしい。良い子だ。
 そのまま台所へ向かう小太郎の背中を見送って、ベッドの中のかすがを見やる。
「かすが」
 声をかけると、ベッドの中の身体が一瞬びくりと反応する。
 やっぱ狸寝入りだったか。
「謙信先生には教えてあたしには教えてくれないんだね。あたしそんな信用ない?」
「そんな、違……っ!」
 叫んでベッドから身体を起こした途端、弾けたように咳き込むかすが。
 慌てて背中を擦ってやり、支えながらベッドに戻してやった。
「嘘。知ってるよ、あたしに心配かけないようにでしょ?」
 と、謙信先生が言っていた。
 かすがの考えには結構聡い先生の事だから多分間違いないだろう。
 あたしとしても、そうなんだろうと思いたい。
「……はい」
 かすがは赤い顔で頷いた。
「なら良かった」
 小太郎の携帯は後で弁償しなね、と言い残して、あたしも台所へ向かう。
 コンビニで買った鍋焼きうどん、小太郎作り方分かるかなぁとか考えながら。

 (いや、分かるか。幸村じゃあるまいし)



 台所では鍋焼きうどんがいい匂いを漂わせていた。
「小太郎はかすがと幼馴染なんだっけ」
 コンロの前の後姿に声をかけると、小太郎の首がこくんと頷く。
 確か佐助も幼馴染の中に入っていたんじゃないかと思ったけど、最近あれだしな。
 いくら幼馴染でもいつもくっついていたがる訳じゃないだろう。
 (理由は主にセクハラとかセクハラとかセクハラとか)
「かすがが風邪ひいてるっていつ知ったの?」
 小太郎は首を傾げた。
 どういう意味だ、野性の勘?何となく?
 この子なら有り得る。
「でも、知ったら心配になったんだね。風邪移るかもしれないのに」
「……」
「ああゴメン、言うだけ野暮だったか」
 お疲れ様、と小太郎の頭を撫でてやる。
 流石に頭撫でられて喜ぶ歳じゃないかと撫でてる途中に気付いたけど、小太郎は黙って撫でられていた。

 (あっ うどん 伸びる)




お見舞い
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