シリフ霊殿
Schild von Leiden

バサラ学園奮闘記
 誰だったかな、A組の子だったっけ。
 名前は忘れたけど、前にいたんだ、元就に好きなタイプ聞いた勇気のある子。
 元就は元親に借りた漫画読みながら「日輪」ってあっさり返した。
 端で聞いてて思いっきりツッコミ入れたくなりましたよあれは。
 まあ「意外とロマンチストね」って笑ってたその子もその子だけどね。

 そう、とにかく元就は日輪が好きなんだ。(日輪って太陽の事ね)
 屋上で太陽を眺める姿はまるで古代エジプト人のよう。
 いや、そうじゃなくてさ。
 とりあえずあたし何で今元就に迫られてるんでしょう。
「さあ、先生もご一緒に」
「いやいい。あたし健全に無宗教のままでいい」
「あの方は日輪よりも素晴らしい愛を我らに下さる」
「ええええあんた太陽神ウトゥどこにやったの」
 あっいけないウトゥはエジプトじゃなくてメソポタミアだった。
 メソポタミアはシュメールだあっちは月がメインだ。
 エジプトの神はラーだった。何だっけ大きな船に乗って天球を旅sそういう問題じゃない。
「我と共にザビー様の下で愛を学びましょう先生!」
「ザビー……」
 テメーかこのバテレンALTがァァ!!!

 (まあ、迫られてるとか言っちゃうと若干語弊がありますが)



 放課後の音楽室。人は来ない。
 あたしだってこの学校で勤め始めてからこのかた来た事がないから、
 まさか放課後の音楽室でこんな事が行われてるなんて知らなかった。
「アメイジング・ザビー!」
「アテンション・ザビー!」
「ハヴァナイス・ザビー!」
 時計を見れば午後4時44分、まあ不吉。
 指揮台に立って生徒……もとい信者達を指揮するザビーと、
 その前にコーラスのように並んで異口同音に謳う生徒達。
 若干、先生が混じってるような気もする。
 (まん前に陣取ってるあの人はまさか島津校長だなんて事はないと思いたい)
 幸いにというか何というか、うちのクラスで参加してるのは元就だけみたいだ。
 いや、一人だけでもかなり不味いんだろうとは思うけど。
 元就はコーラスの列には参加せずに、あたしの横に座ってコーラスを眺めてる。
 はっきり言ってものすごく、気まずい。話しかけづらい。
 何でだろう、元就とこうして話す事は前にもあったし(たとえば職員室でとか)、
 場の空気も飛び抜けて奇妙なだけで別に悪くないと思うのに。

「元就……何か悩み事でもあったの?」
 とりあえずあたしにはこういう話題のふり方しか出来ない。
 宗教に走る人間は大体悩み事抱えてるんだろうという勝手な先入観だ。
 元就は黙って俯いた。
「悩みがあるなら言ってくれれば相談に乗ったのに」
 こんな妙なのに走る前に、とは状況上言えないけれど。
「……愛を、知りたかったのだ」
 しばらくして元就はそれだけ言った。
「あのクラスの人間は、揃いも揃って先生の事を愛していると言う。
 愛しているからこそあのクラスが好きで、大切にしたいと口を揃えて言う。
 ……だが、我にはそれが解らぬ」
 うーん、細かい所は良く分からないけれども、
 少なくともそれの答えはここには無いと思うな。
 うちのクラスの愛だの恋だのとこれって、明らかに方向が違うもん。



「オーウサンデー、ダカラ私が今から愛を教えてあげマスネ!」
「げっ!」
「ザビー様!」
 あ、あんたさっきまで指揮やってた癖にいつの間にここまで来たんだ。
 というか、サンデーって何。洗礼名か!うちの子に勝手に洗礼名付けたんか!
「ラブ……それはウォー。戦いに勝利した者ダケガ、そのティーチャーの愛を手に入れるのデース」
「あ!?」
「はい、ザビー様!」
「いやいやはいじゃないよ元就ちょっと待って何か話がおかしい」
 何かあたし分割譲渡される植民地みたいになってる。分割はされないけど。
 つーかさっきの妙な論理は何。何がラブそれはウォーだ!
「行きなサーイ、信者の皆サン!」
「イエス、ザビー!」
 ザビーが信者達がすごい形相であたしに迫ってくる(ちょ、何でお前らまで!)
 一応背を向けて逃げるけれども学生時代から体育の成績は平均レベルだ。
 追い詰められて壁が背に当たる感触があった時、


「……ああ、ようやく見つけましたよ」


「光秀……!」
 その時のあたしは極限状態だったせいか、光秀が一瞬王子様に見えた。
 あたしをこのバテレン地獄から解き放ってくれる王子様……そう、
「死になさい」
「ギャー!!」
 エモノ持ってなきゃ。
 ちょ、光秀!その医療用メスは止めよう!
 それ痛い!刺されたら絶対痛い!つーか銃刀法違反!
 (あれ、医療用のって違反してないのか?まあいいや)
 光秀はメスで生徒信者達に襲い掛かり(いいのかなー)
 島津校長もろとも先生信者達をメスで脅し(いいのかなーほんとに)
 一瞬だけ怯んだ元就の腕の中からあたしを救出してくれた。
「#奈々、大丈夫でしたか?」
「……ありがと」
 でもできればもう少し男らしい助け方して欲しかった。
「あんた今まで何処行ってたの?」
「何の事でしょう」
「とぼけてんじゃない。理事長とか心配してたよ」
「信長公が?」
 光秀はちょっと意外そうな顔をした。
「だって誰にも言わずに最近よく姿消してたでしょ」
「何の事でしょう。私は信長公に頼まれて調査を……」
「は?」

 光秀曰く。
 理事長は少し前から、ALTザビーの様子が気になってたんだそうだ。
 彼に対する生徒とか先生の様子がたまにおかしい、と(そりゃあねえ……)。
 けれどまさか理事長が直々に問い詰める訳にもいかないので、
 校内を好きに移動できる光秀に、折につけ調査を依頼していたと。
「……それ、いつの話?」
「#奈々が担任を任されたばかりの頃でしょうか」
「……」
 て事は理事長ド忘れしてただけかよあの野郎いつかマジで殴ってやりたい。
「そして今日偶然ここを通りかかり、証拠現場として押さえた訳です」
「ふーん」
「彼については私が見た事に#奈々の体験も加えて、信長公に話をしておきましょう」
「あ、元就の事は言わないでやって。これは被害者なだけだから」
「……分かりました」
 今ものすごく不満そうだったね。
 不安そうにこちらを見てくる元就には大丈夫だからと笑顔をひとつ。
 元就の家は確かご両親ともかなりお堅い人だったから、こんな事がばれたら色々やばそうだし。
 良いじゃないのうちの子だもの、ちょっとくらい贔屓したって。
「今回は不問にしてあげる。……ド忘れしてた理事長も悪い訳だし」
 口に出して言ってあげると、元就はやっとほっとした顔を見せた。
「その代わり、今度何か悩みがあったらこういうのじゃなくてあたしに相談!いい?」
 こういうの、は光秀に蹴倒されて床に倒れたザビーと光秀を交互に指差しながら。
「#奈々、何故私が入っているのです」
「あんたに相談なんてしようもんならホルマリン漬けにされそうだからだよ」
 前にピクルスの瓶詰め見て『ああ、蛙のホルマリン漬けのようですね』とかぬかしてくれた恨みは忘れん。
 食べる気なくして長政さんに押し付けたじゃないか。



 元就は一礼して、音楽室を駆け足で出て行く。
「……さて、理事長に連絡入れるかね。光秀見つかったって」
 ついでに件のド忘れについてはきっちり愚痴らせてもらおうかな。
「ああ、待ってください。その前に」
「ん?」
「#奈々に不快な思いをさせた彼に、魂暗き黄泉路への途を……」
「開かんでいい!開かんでいいから!」
 何だかメスが最初に持ってたのよりおっきくなってるよ!




騒動:解決編
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