シリフ霊殿
Schild von Leiden

バサラ学園奮闘記
「それで、海はどうだったの?」
「あー……まぁ、あたしの身体を気遣ってくれてるらしい事を除けば普通でしたよ。
 良くも悪くもいつも通り、教室で騒いでる彼らそのまんまでしたね」
「そう、それは良かったわね」
「いいなー、蘭丸も行きたかった!」
「そう?じゃあまた来年予定入れとこうねー、今度は理事長一家と一緒に」
 全快祝いの夕食会で、あたしと濃姫様の会話。
 ところで濃姫様、この料理ちょっとボリューム多すぎない?
「夏だからこそ体力つけなくちゃ。蘭丸から様子を聞いた時は心配したのよ」
「すいません、あたしが暑いからって食事ケチったばっかりに」
「本当に。罰として今日は思いっきり食べていきなさい」
 もう一度すいませんと謝りながら、肉料理をつまんで口へと運ぶ。
 うん、おいしい。
「時に#奈々よ、あれはどうしておる?」
 食べ終わって食後のお茶をすすっている理事長が声をかけてきた。
 あれっていうのは多分、いっちゃんの事。
 いっちゃんは長政さんと結婚するまでここに住んでた訳だしね。
「ああはい、元気ですよ。こないだ夏バテの時もお見舞いに来てもらったし。
 長政さんとの仲も悪くなさそうだし、そこそこ幸せにしてるんじゃないですか」
 少しカカア天下っぽいけどね。
 最後の台詞は飲み込んで返事をすると、理事長はちょっと眉間に皺を寄せた。
「たわけ、市ではないわ」
「え、違うの?」
「余の言うておるのは向こうのたわけよ」
「どこのよ」
 ちゃんと固有名詞使って下さい、謙信先生じゃないんだから。
「光秀から最近沙汰が来ぬ」
「え」
 沙汰ってあんたここに下宿させてた筈じゃ、
「ちょっと前から帰ってないのよ。職場にはきちんと顔を出しているらしいけど」
 職場というのは言わずもがなうちの学園の保健室。
 しかし見た所保健室に寝泊りしてる訳でも無いらしい。
 一体何処をふらついてるのかと気になるのは山々だけど、
 理事長一家といえども一介の保健医を常に見張ってられる訳じゃない。
 勿論、あたしも。
「えっ……と……前回お邪魔した時に一緒に晩御飯……」
 食べてない。
 仕事が遅いのかと思って、先に皆で食べちゃったんだった。
 そして明日も仕事がある事を考えてあたしは先に帰った。
 そういえばこの間半兵衛が倒れて保健室に担ぎ込んだ時もいなかった。
 夏バテ起こして皆にお見舞いに来てもらった時もいなかった。
 擦り傷の一つも作ろうもんなら恍惚とした表情で凝視するあのマッド明智が。
 とするとあたしの目撃証言はもしかして……新学期のあれが最後?
「#奈々、何青い顔してんの?変態がいなくなっていいじゃん」
「いやいやいやいや蘭丸それは違うよ」
 保健医は光秀にとって天職の筈だ。
 紫外線に弱い白い肌でも夏の真っ盛り冷房のきいた室内でのんびりできて、
 怪我人が来れば幾らでも血を見れて、暇ならその辺をうろうろ徘徊できて、
 女生徒や女教師相手にロマンスするには絶好のシチュエーションも獲得できる。
 ……最後のは光秀にはちょっとありえないか。まあいいや。
 とにかくそんな光秀が何でいきなり姿を消したのか。
 濃姫様いわく出勤はしてるものの、常に徘徊していて居場所が定まらないらしい。
 元から結構徘徊癖はあったけど、怪我人がいるのに保健室にいないのは異常だ。
 少なくとも光秀に限っては。
「……何か企んでる」
 確証はないけど言い切れる。何故ならそれしか思いつかないから。
「#奈々もそう思う?」
「ええ、とても」
 問題は企んでる中身の事なんですがね。
 あたしや理事長一家に隠れて何をやってるんだろう。
 いい事でない事だけは確かだ。(だってあの光秀だからね!)
「調べる必要がありそうね」
「ですね」
「調べて参れ、#奈々」
「はい」

 ……あれ?

「今何て言いました理事長」
「光秀の動きを調べて参れ。頼んだぞ」
「えー……はい」
 しまった、ノリではいとか言うんじゃなかった。




騒動:発生編
前<< 戻る >>次