シリフ霊殿
Schild von Leiden

バサラ学園奮闘記
 多分、今頃彼らは海で遊んでいるのだろうと思います。
 親睦会という名目の元、クラス費をふんだんに使った旅行で。
 何でこんな言い方をするのかって?


 あたしが夏バテ起こして寝込んだからですよ。


 うーん、やっぱり暑いからって三食素麺はきつかったか……
 あ、ちゃんとB組の面々にはメールを出してありますよ。
 延期するなり彼らだけで楽しんでくるなりしてくれと言っておいたのだけれど、
「それ以前にあたし、二学期までに体調戻せるかどうか……」
 朝からベッドに転がったまま、起き上がることも出来ない。
 床ずれしないように寝返りをうつのさえ億劫だ。
 ああ、目の前霞んできた。
 お母ちゃん、ごめんね。あたし一足お先に賽の河原で石積みしてるよ。
 大丈夫大丈夫、積むのって自分の背丈分だけでしょ?最近背伸びてないから平気だよ。



『せんせぇ〜生きてる?』
先生、しっかりするでござるよ!』
 あ、どうしようほんとにやばい。幻聴が聞こえるよ。
 これは死にかけてるからなのかそれともこれがあの世からのお迎えの声なのか。
『うむ、やはり檸檬を買ってきて正解であったな。
 食物が喉を通らない時には酸い物が良いと本に書いてあった』
『え、元就それ悪阻じゃねえ?』
『食欲増進に効果があるのは酢だったような気も……』
『別に何でもいいだろ。要は腹に物入れりゃいいんだから』
『Ha、違いねぇ。……毛利、それ幾つかこっち貸せ。
 #奈々、lemonade作ってきてやるから少し待ってろよ』
 あ、シトラスの良い匂い。あの世の使いはシトラス臭がするのか、覚えておこう。
『ねーこれやばくない?先生目が半分くらいあっち逝っちゃってんだけど』
『忠勝、起こせ』
『……!』
『止めて止めて!その腕力で起こされたら先生死ぬ!マジで死んじゃうから!』
『ならどうするのだ』
『ここは例えばさ、ほら、俺様あたりが優しく揺り起こすとか』
『先生ー起きろーっ!』
『あっこら宮本何する気だ!』
「ぶわ!」
 べちょ、と音がして顔に濡れた何かがぶつけられた。冷たい。
 顔を振って振り払うと、視界に武蔵のにぱっと笑った顔が入ってきた。
「ほーら見ろ、先生起きたじゃないか。おれさまさいきょうっ!」
 いや、最強も何も。
 とりあえずべしりとツッコミを入れて、改めて部屋の中を見渡す。
 何時の間にか物凄い勢いで室内の人口密度が高まっていた。
 武蔵を押しのけて、心配そうにこちらを覗き込んで来る幸村。
 その幸村を更に押しのけてこちらを覗き込んで来る佐助。
 室内で海パン一丁(+上ははだけたYシャツ)の元親。
 何だか山程レモンが入った紙袋を両手に抱えた元就。
 武蔵がぶつけた雑巾(人の顔に雑巾ぶつけたのかこいつは!)片手に笑う慶次。
 その他諸々。
「……何で、みんな、いるの」
「竹中先生に先生の住所を聞いたでござるよ!」
「ついでに合鍵もぶんどってな」
 半兵衛、お前いつか絶対個人情報保護法違反で訴えるからな。
 じゃ、なくて。
「皆、海は?」
「そんなものより皆、君が大事だったみたいだよ」

 ついさっき殺意を抱いたばっかりの相手の声がして振り向くと、
 部屋の入り口の所に半兵衛が立っていた。
 多分本人は格好つけた立ちポーズしてるつもりなんだろうけど、
「#奈々先生、夏バテって本当だべか?」
「#奈々、信長様からのお見舞い持って来たよ!」
 足元をぴょこぴょこと小さいのが跳ね回ってるから実は台無しだ。
 ていうかさっきからこのボロアパートに何人入り込む気だね君達。
 口調の種類から判断してもざっと十人はいるぞ。
 それでも喧しくなる前に比べれば随分と元気が出た気がして、あたしは久し振りにのろのろと起き上がった。
 といってもベッドの上だけど。
「起き上がって大丈夫かい?」
「んー……多分ね」
 寝癖のついた髪をわしわしやりながら横を向くと、
 振り向いた目の前に何時の間にか慶次がちょこんと座って居る。
 そういえば先日この子の意外な本気っぷりが明らかになりましたね。
 本気でやればあそこまで出来るっていう事が分かったから、
 次からはそんなにほいほいあんな約束しない方がいいかも知れない。
 あたしが考えてた事のが伝わったのか、慶次はあたしに向けてにっこりと笑った。
 何だかさっきの武蔵を髣髴とさせる笑い方だ。
 悩みなんてなぁんもない、そんな感じの笑い。
 このクラスの人間は優等生も馬鹿もよくこんな笑い方をする。
 実は彼等のこの平和そうな笑いが結構好きだ。
「あのな先生、俺らライバルとかそんなのより先に先生の事大好きだから」
「はあ」
「何より大事だから」
「はあ」
「だから、海辺で先生と追いかけっこする権利争奪戦とかそんなのも全部後回し」
「はあ」
 今何かすごい単語を聞いたような気がする。
「良い生徒を持ったね」
 半兵衛が苦笑しながらあたしに言う。
 とりあえずどうも、と頭を下げておいた。



「ほらよ」
「ん?」
 ずい、と目の前に汗をかいたグラスが差し出される。
 政宗だ。見かけなかったから来てないと思ってたのに、台所に篭っていたらしい。
「小十郎直伝のlemonadeだ。これぐらいならバテてても飲めるだろ」
「……ありがと」
 うちには無かった筈の可愛らしいストローで、一口飲んでみる。
 (かすがあたりが買ってきたのかな、このストローは)
 片倉さん直伝だというそのレモネードは、甘さ控えめでとても美味しかった。
「美味しい」
「だろ?」
「当然だ。我が選んだ檸檬ぞ」
「あのさ元就、言っとくと代金払ったの全部俺だよな?」
 褒めてもらって、さっきの慶次みたいにふにゃりと笑う政宗。
 えっへんと胸を張る元就。こっそり突っ込む元親。
 飲みながら、顔がにやけて仕方がなかった。



「……早く治して、今度こそ皆と海に行かないとね」
 当然ッ!と、クラス全員の声がはもった。




夏バテ
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