いやー慣れというものは恐ろしいですね。
昔は血相変えて騒ぎ立ててたのが、今はそうでもない。
「あーそう」の一言で流せてしまえる。
その内オオカミ少年みたいに肝心な時に対処して貰えないんじゃないかと、
一応友人(まだ知人?)として悩まないでもないんだけど。
「#奈々せんせー、半兵衛先生が倒れたー」
「あーそう、豊臣先生のトコ押し付けといて、あとで行くから」
まあこいつに限ってそんな事も無いか。
だって同僚が血吐いて倒れたって言われたら普通慌てるでしょ。
現に私だって最初は慌ててた。
最初はね。この人一ヶ月に何回吐血する気だろう。
試みに指を折って数えてみたら、両手では余るけれど片手には足りなかった。
ああ、慣れるには十分な数字ですね。
そしてその癖いつまでしぶとく生き続けるつもりだろう。
あたしこの人が入院とか精密検査とか受けたの聞いた事ないよ。
しょっちゅうぶっ倒れて保健室に担ぎ込まれる癖にね。
……そういやこの間の内科検診の結果どうだったっけ。
つらつら考えつつ保健室に入ると保健医はいなくて、
白いベッド脇には彼の友人がバナナを片手に付き添っていた。
あのマッド明智はまた何処ぞを徘徊しているらしい。全く。
「#天原、半兵衛を頼む」
「はいはい」
彼はまだ一応倒れる度に心配そうな顔をする。良い人だ。
ちなみにあたしは別に医療の心得とかある訳じゃないんだけど、
ただ傍にいると何となく半兵衛の病状が良くなる気がするらしい。
気がする、らしい。それだけの理由で毎回駆り出されている。
何だ、今流行のマイナスイオングッズですかあたしは。
友人こと秀吉が見舞いに置いて行ったバナナに手を伸ばしながら時計を見る。
昼休み終了二十分前。五分前には回復してくれないかな。
大抵は十分ちょいで回復するけど、稀に三十分以上かかる。
それ以上寝込まない時点で既に何かおかしいか。
「#奈々君……」
「はいよ」
半兵衛は普段はこうしてあたしを名前で呼ぶ。
あたしはバナナの皮を剥きながら生返事をした。
「すまないね、いつも……心配ばかりかけて」
「そう思うならぶっ倒れたりしないで」
もはや日常茶飯事すぎて心配もしてませんがね。
「ああ、でも困ったなぁ……今日の授業は、テスト前の追い込みだったのに……」
「そう思うならぶっ倒れたりしないで」
ていうかそれが面倒だったから倒れたとか言われても疑わないからね、あたし。
「という訳で#奈々君、すまないけど僕の代わりに今日の授業を……」
「やなこった」
「そのバナナ、僕宛なんだけどな?」
「う……」
ちなみに既に二本目。
「大丈夫、君なら余計な心配はいらないから」
「……どーゆー意味それ」
「あのやんちゃな子達も君相手なら大人しいだろうと思ってね」
「もういっそそのまま死ねよお前」
紛う事なき確信犯じゃないですか。
もう本気で仮病だっつっても疑わないからねあたし。
そして結局『報酬、バナナ三本』で教壇に立つ羽目になった、あたし。
代理教師というと何でか苦労しそうなイメージがある。
自習になって監督に行くだけなら楽なんだろうけど、
こう、何か、勝手が分からないとか生徒とすぐに馴染めないとかで、
何か苦労しそうじゃないですか!あたしの勝手なイメージですが!
「#奈々先生、今度おらにもクッキーの作り方教えてけろ」
「ああ、別にいいけど……」
「#奈々、今夜はハンバーグだって信長様が言ってたよ」
「おーじゃあお邪魔させてもらおうかなって何で理事長あたしの現在地知ってんの」
まぁ、あくまで勝手なイメージだった訳ですがね?
しかしそれにしてもどうしてこう違和感が無いのか。
ノリがうちのクラスと変わらんからかなやっぱ。
この学園ほんと人懐っこい子多いよね。
「ていうか皆、授業しないとさ、テスト前だし……ね?」
「何言ってるだ先生、テスト範囲はもう先週で終わっただよ」
「え?」
「折角自習だから監督は#奈々先生がいいなーって、皆ではんべ先生に言ったんだべ」
「は?」
「半兵衛、ちょっと不満そうだったけどねー」
「#奈々先生は天然だから仮病でも呼び出せるって、本当に呼んでくれただ」
「……」
半兵衛。
お前とりあえず、後でシメる。(自習なら自習って言えっていうか本当に仮病だったよあいつ!)
「半兵衛……好い加減にをからかうのは止したらどうだ」
「だって自習って言うとあの子適当に誤魔化しそうだったんだもの」
「随分と懐かれておったぞ」
「それは何より。普段はもっと落ち着きの無いクラスなのにね」
「それだけ彼女に魅力があるという事だ」
「……時々やけに憎らしくなるね、あの子は」
「毎回嬉しそうに看病されておいて何を言う」
「な……ッ!」
代理授業