シリフ霊殿
Schild von Leiden

バサラ学園奮闘記
「元就」
「……」
「もーとーなーりー」
「……」
「毛利」
「……」
 あっ、今こっち睨んだ。



 例の事件以来、あたしはクラスの生徒達を名前で呼んでいる。
 予想以上に好評だ。
 猿飛からクラスに情報が伝わるや否や、僕も私も名前でと大勢があたしの所に押し掛けて来た。
 (あっ、ボクっ子居なかったこのクラス)
 終いには不良と呼ばれてた筈の伊達政宗までやって来て、
 人の事黒板に押し付けて「first nameで呼べよ……な?」と来たもんだ。
 それで格好良い心算かね君は。
 まぁ、それ以来結構普通に学校来るようになったから、
 受験も近いし真面目になろうとしてるのかなーと思わなくも無い。
 それとあのカッコつけとは別問題だとは思うけど。
 ……うん、残念ながらあたしは格好良いものより可愛いものにときめくタチなんだ。
 今の所『で、では我も名前で……』って照れながら言ってくれた元就と、
 後は何も言わずにじっとこちらを見つめてた小太郎が可愛い方面にあたるかな。
 こういう子がいると担任になって良かったなぁって思えるね。うんうん。



 で、だ。その元就なんですが。
 今現在あたしの目の前で盛大にぶすくれております。
 原因は机に置かれた一枚の紙切れ。ちなみに場所は職員室。
 紙切れには無機質な書体でこう印刷されている。

 『毛利元就 第一学期成績通知表』

 といってもまだ一学期が終わるまでには少しあるから、
 通知表っていっても成績の途中経過を示しただけの仮のものなんだけどね。
「いやーそれにしてもこれは酷いと思うな元就君」
 ぺらり、と折り畳まれたそれを開いて元就に見せるあたし。
 素行は生徒会長だけあってかなり優秀。出席日数だってほぼ皆勤だ。
 授業の方もそれは同じで、科目名の下には10と9がひしめき合っている。
 ただ一科目を除いて。
「他の科目でこんだけとれてて体育で2ってあんた、ねえ?」
 ちなみにこの高校は単位制で、通知表で1がついた時点でその学期は単位取得不可能となる。
 単位習得のラインが甘い代わりに単位一つでも落とせばアウト、落第だ。
 あの不良の政宗でさえきっちり規定の出席日数は守ってて、
 特に例のあれからは素行も良くて、単位は結構余裕っぽいのに。
 真面目に出席しててこの成績っていうのは正直、やばい。と思う。
「ほんと、運動音痴にしても流石におかし……」
「しょーがねェだろ、元就グラウンドの端に座ったまま動かねーんだし」
 溜息を吐いた途端、日直で職員室に来ていた元親が後ろから口を挟んだ。
 挟んでそのまま通り過ぎようとした所をあたしの腕ががしっと掴む。
「ちょっと待って元親今何つった」
「だから、授業に出てるつっても座ったまま動かねーんだからサボリと一緒だろ」
「この成績の原因はそれか……」
 つまりこの2は全部出席点な訳ね。平常点はほぼゼロか。
 確かにそれじゃ武田のオジサン(体育担当)は許しちゃくれないわ。
 あの人すごい熱血だもん。授業でも部活でも。
 顧問やってる剣道部の部員(ていうか幸村)と殴り合いしてんの見た事あるし。
「元就ぃ」
「無意味な運動は好まぬ」
「いや好む好まないの問題じゃなくてさ。
 一学期だけだからこれで済んでるけど、このまま学年末までいくと最悪留年だよ」
「知らぬ」
「クラスから留年者なんか出したらあたしの業績に傷がつくんだけど」
「……知らぬ」
 あ、今ちょっと揺れたな。チャンス。
 有り難い事にあたしはこいつを釣る最上の餌を知っている。
「元親、次の体育の内容分かる?」
「あ?確か隣のクラスと合同で対抗試合やるって聞いたけど」
「対抗試合?」
「おう。サッカーで」
「サッカーか……よし元就」
 手に持ってた通知表(仮)を机に戻して、改めて元就の方を向く。
 酷くゴーイングマイウェイなこの頭はきっと今、
 この説教が終わったら食べる昼食やデザートの事でも考えてるんだろう。
 毛利元就、案外知られていない事に甘党で、しかも俗に言う痩せの大食いだ。
 いつだったか幸村と同量の食事を軽々と平らげてた時にはびびったね。
 しかも幸村と違っていつもの優等生の表情を崩さないまま黙々と。
 優秀な頭はカロリー摂取してもすぐに使い果たしちゃうんですね。
 のーみそって摂取した糖の八割使うっていうし、この子頭良く回るし。
 まぁ、それはさておき。
 哀れなめんどくさがりを留年から救うべく、あたしは一つの提案を持ち出した。
「目標、ハットトリック。一人で三点以上得点する事ね」
「?」
「元就が次の体育の試合でハットトリックできたら、クッキー作ってきてあげよう」


 滅多に表情の動かない「氷の面」の、目だけが明らかに輝いた。


「あっ、元就だけずりぃ!」
 ほらきた。
「ちなみに出来なかった場合、クッキーは元親始めクラスの他の子の手に渡ります」
 これでクッキーは無駄にはならない。
 あたしの労力は変わらないとも言うけど。
 だから頑張ってね。と半ば棒読みで言い渡して、さぁ話はおしまいとばかりに廊下へ押し出した。
「……先生」
「ん?」
「先刻の話、真であろうな」
「嘘言ったら怖いからね、キミらは」
 そしてあたしは世にも珍しい、元就のガッツポーズを目撃する事となった。





「証拠写真だ」
「ありがとう、かすが」
 ……まぁ、薄々予想はしてたんだけどさ。
 同じクラスの生徒達に頼んで撮ってもらった証拠写真。
 華麗にシュートを決める元就の姿が映った写真が、計三枚。
 うわーこれもしかしてオーバーヘッドシュートとかいうんじゃないの、すごいねえ。
 つーか本当に体育受けなかったのってただの面倒臭がりかよ。
「ま、これで武田のオジサンも少しは手心加えてくれるでしょ」
「ん……」
「残念そうだね」
「先生のクッキー……少し、食べたかった」
 あれま。
 キミはてっきり謙信先生一筋だと思ってたのに、そうでもないんだね。
「んーじゃあ、これからも元就に強制的に体育に出るようにさせてくれる?
 そしたらお礼にまた皆にクッキー作ってくるよ」
「……はい!」



「流石先生、生徒の扱いを心得てますね」
 かすがが職員室を出て行ったのを確認してから、
 隣の席の半兵衛……もとい竹中先生が感心したようにあたしに言った。
 普段はタメ語で話しかけてくる癖に、敬語まで使ってイヤミたっぷりだ。
「心得なきゃあんなクラスの担任やってけません」
「そうかな?もしかすると彼等に言う事を聞かせる何かが君にあるのかも」
「それならそれでそのまま利用させてもらいますよー便利だから」
「馬鹿とハサミは使いよう、という奴だね」
「それ、意味が違わない?」
 いかにも馬鹿にしたように言ってるけど、
 確かそれって『馬鹿も使おうと思えば役に立つ』って意味だったと思うよ。




通知表
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