シリフ霊殿
Schild von Leiden

バサラ学園奮闘記
 3年B組の担任になって早や一ヶ月。
 ぶっちゃけ異動直後に初顔合わせした時はやってらんねぇと本気で思いましたが、
 (だって教室の扉開けたら箒と木刀でチャンバラやってんだもんこいつら)
 一ヶ月も経つと慣れてくるもんなんですね。
 女性は適応能力が高いといいますが、ここまで慣れるとちょっと自分が怖い。



 しかも不思議な事に五月の頭、ゴールデンウィークの頃には、
 あたしはこの変人クラスの中心人物にのし上がっていた。
 一体何故なのか未だによく分からない。
 けれどもこうなってから初めて見えてくる特徴というものもある。
 例えばこのクラスはパッと見問題児だらけで苦労しそうだけれども、
 実は全体的にはきちんとまとまっていて指導がしやすいとか。
 いわゆる類友って奴なのかもしれない。
 あと、クラス内にあたしをうざがるような人が不思議といない。
 (大抵一人は居るからねー担任の先生ウザいとか言う奴)
 勿論意見の相違はあるけれども、双方で和解出来るレベル。
 皆ちゃんとあたしの言う事聞いてあたしを好きだと言ってくれる、
 素直ないい子達です。うん。そゆ事にしとこう。
 ただまぁちょっと、
「せぇんせ」
「うっひょぉぉう!!」
「あはは、可愛い悲鳴」
「さ、猿飛……いつの間に背後に……」
「さぁ?忍びのやる事さ、何でもありだよ」
「え、あんた本当に忍びなの?」
 ただまぁ、うん、ちょっとだけ、スキンシップ過剰な人はいるけれども。
 特に猿飛……今の尻の撫で方はかなり堂に入ってたぞ。
 というかなんだキミ、エロスはほどほどにしときなさい。
 キミの大好きの表現方法は間違っている。多分。
「さ、ささささ佐助!破廉恥であるぞ!」
 ほら過剰反応して鼻血噴く人も居るし。
「そ其方先生がお優しいのを良い事にべたべたとくっつき、果てはその……せ」
「真田、判った、言いたい事は判ったから、とりあえず鼻血拭きなさい」
 多分せくはらとか言おうとしたんだと思う。(真田は英語が苦手なので平仮名で)
 途中で鼻血が床に滴って言葉が出なくなったけど。
 ……あーあーこれ何かで早い内に拭っとかなきゃ染みになるな。制服もだけど床が。
「元親、そこの掃除用具入れからモップ出して」
「長曾我部殿もでござる!」
「ああこら真田動くな!」
 鼻血の滴る顔を振るな!元親の方を振り向きたいのは判るけど振るな!血が飛び散る!
「この一ヶ月間先生に名前で呼んでもらっているのは長曾我部殿だけ!
 先生にどのような心算があるのかは存じあげぬがずるいでござrむぐぐぐぐ」
「だから鼻血が飛び散るから動くなっつってんでしょうがこの馬鹿が!」
「いやー真田の旦那の言う事もっともだと思うよ」
「え?」
 真田の鼻と口を仕方なくその辺のタオルで塞いでいると(飛び散り防止)、
 猿飛から何故かいきなり真面目な顔で指摘された。
 何だ、私が何か、というか真田が何か言いましたかね。聞いてなかった。
「先生何でか鬼の旦那だけ名前呼びじゃない?
 一人だけ特別扱いされてるみたいでこっちとしては結構むかつくんだけど」
 そーなん?
「だって考えりゃ判るでしょ」


 ちょうそかべって長いからだよ。


「……猿飛?」
 何でそんな開いた口が塞がらないみたいな表情でこっち見てんの。
 ぼんやり見てたらその表情が突然崩壊した。
「それじゃあ俺様だって猿飛より佐助って呼んだ方が短いじゃん!」
「へ」
「真田の旦那は真田の方が短いし毛利の旦那だって毛利の方が短いけど、
 俺は名前の方が短いじゃん!俺だって名前で呼んでもらいたい!」
「いやそんな、そのくらいはいくらあたしだってめんどくさがったりしな」
「ずるいぞ佐助!某も名前呼びの方が良いでござる!」
「旦那は名前の方が長いから駄目ー」
「うううう〜……」
 何馬鹿な事言い合ってんのこの人ら。
 つーかだから真田は動くなってば!



「ほい」
 呆然としてたあたしの目の前に、元親がおもむろにモップを差し出してきた。
「あ、ありがと」
 まぁあたしがうっかり真田の鼻と口から手を放したせいで、
 被害はもはやモップじゃ片付かない域まで及んでますがね。(あーあーあー)
 とりあえず床ぐらいは何とかしとこうとモップを受け取る。
「全く、名前なんて出席と授業で当てる時ぐらいしか呼ばないのにねぇ」
「そっか?アンタ結構休み時間でも俺等と居るだろ」
「……そういやそうだね」
「それぐらい距離が近いなら、普通名前で呼ぶもんじゃねえ?」
「……」
 そーなのかー。
「俺は、先生に名前で呼んでもらえて嬉しかったしな」
 元親はそういって照れ臭そうに頭を掻いた。
 大柄な彼が頬を微かに染めてはにかむ様は、中々可愛らしいものがある。
 しかし、もし他の生徒達もそう感じるとしたら。
 それを彼一人の特権にしてしまうのは良くない。えこ贔屓になりますからね。
 あたしはモップの持ち方を掃除用具から武器のそれに変えて、
 いまだ妙な言い争いを続けている二人の間に突っ込んだ。
「はーい、そこまで。幸村、あんたはまず手洗い場行ってその顔洗ってきなさい。
 その後ここの掃除。あ、その時は佐助も手伝ってねー」
 初めてあたしに名前を呼ばれた二人は一瞬きょとんとした表情をしていたけど、
 すぐに満面の笑顔になって、二人同時にあたしに抱きついてきた。
「#天原先生、もう一度!もう一度呼んで下され!」
「ああもう先生大好き嬉しいー!」
「ばっ、ちょ、重……」
 男二人同時に抱きつかれるのは流石に重いっていうか幸村お前鼻血ー!!
 元親微笑んでないで助けろちっくしょ無意味なカリスマと説得力持ちやがって!




名前呼び
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