シリフ霊殿
Schild von Leiden

ヴルガリス・キュヴィエール
「ねぇねぇ我が祖国」
「何ですか我が国民」
「このタコ活きが良いね」
「ええ、活きが良いというかまだ生きてますからね」
「貰ってっていーい?」
「構いませんが、#奈々さん確かこれから……」
「ああ、はい、音楽の都に戻りますよ。留学中の一時帰国ですし」
「欧米には苦手な方も多いと聞きますが、大丈夫でしょうか」
「むしろそれ目的です」
「……」
「だってあの貴族、白魚の踊り食いを野蛮とか言いやがったんですよ!?
 我が国の文化アピールの為にも目の前で掻っ捌いてうねうね動いてるのを食ってやりますよ!」
「……うちの文化を誤解されないようにして下さいね?」

 タコ食ったっていいじゃないか、日本人だもの。



「捨てて来なさい」
 帰って来るなりこの一言は無いと思うんだ。
「お土産です」
「嫌がらせにしか見えませんが」
「美味しいです」
「少なくとも私の家にはそんなものを食べる文化はありません。早く片付けなさい」
「……」
 一通り拒絶すると、後はこちらに背を向けて一心不乱にピアノを引き続けている。
 まるでそんなもの見たくも無いと言われているみたいだ。
 ええ確かに踊り食いなんて文化が遍く理解を得られるものだとは思っていませんし、
 持って来たあたしの方にだって悪ふざけ要素が一つも無かったかと言われればそれは否定せざるを得ないですけれども、
 そんなあからさまに見下さなくたってさぁ。
 幾ら海見た事無くて海の生き物見慣れてないからってそんな化け物扱いしなくたってさぁ。
 うちの国じゃ触手プレイにも使われるくらいメジャーなんだぞー。隠されたエロスの宝庫なんだぞー。
 ……ん、触手?
「……」
 捨てる気なんて更々無いタコを抱えたまま、ちらっとピアノを弾く後姿を見る。
 演奏に夢中でこちらを見る気配は無い。
 ちょっときつく言えば大抵言う事聞いて貰えると思ってるんだろう。お坊ちゃんめ。
 ……まぁ、悪戯するにはとても都合がいいんだけど。
 そっと背後に忍び寄る。まだ気付かれない。
 左手にまだ生きてうねうねしているタコを掴み、右手をそっとシャツの襟首に伸ばして、
 シャツと素肌との僅かな隙間に素早くタコを押し込んだ。
「〜ッ!!」
 弾き損ねるなんて可愛いレベルじゃない。
 上半身を思い切り跳ねさせてピアノに叩き付けた後、床にもんどりうって倒れ込んだ。
 うーむナイスリアクション。ていうかタコ無事かな、今の倒れ方。
「な、何ですかこれはっ!」
「タコです。お土産です」
「食べるのでは無かったんですか!?こんな……っ」
「あ、そうそう一つ言っておきますと」
 シャツの中に手を突っ込んで引きずり出しそうだったので、やんわりと口を出す。
「そのタコは日本で最も一般的に食されているマダコという種類ですが、
 体長わずか60センチというそんなナリでも噛み付きますし毒もありますんで」
 気を付けて下さいね、自分でも嫌な感じに口の端が歪んでいるのを自覚した。
 ひ、と短い悲鳴が上がって、タコに触れそうになっていた手が引っ込む。
 毒といっても毒蛇みたいに死ぬようなものじゃないんだけど、反応が面白いからそのまま放っておく事にした。
「下手に危害を加えようとしなければ大丈夫ですよ。そんな攻撃的な生き物じゃありませんから」
「#奈々、あ、貴女っ、そんな危険な生き物を……」
「この程度のタコが何で危険ですか。日本人嘗めないで下さいね」
 本当はもう少し触手プレイっぽい事をしてやりたかったんだけど仕方が無い、ぬるぬる程度で満足しとこう。
 タコの陸上での活動限界時間は30分。空輸用の水袋から出して丁度それくらいか。
 それならせめて活きの良い内に食べてあげなければ。いただきますの言葉と共に。
 硬直したまま震えている彼のシャツの中に手を突っ込んでタコを取り出す。
 噛まれる?持ち方があるのだよ持ち方が。
 左手にタコ、右手に包丁を持ち、足を一本だけ切り落とすと本体はさっさと鍋の中へ、
 手にした一本の足は踊り食い用に準備しておいた醤油皿にさっと漬けてから口へ放り込んだ。
 うん、微妙に生温い。新鮮とはいえこんだけ遊んだ後で生は止めた方が良かったかな。
 もぐもぐと咀嚼してからふと気付くと、触手から解放されたお貴族様がこちらを羨望の目で見詰めている。
「……何か?」
「何故だか今貴女がとても格好良く見えました……」
「……そりゃどうも」



反省その2
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