シリフ霊殿
Schild von Leiden

転寝はTATAMIに限る
「……うーむ」
 たりない、と思う。
 天蓋付きのベッド、埋もれるくらい柔らかいマットとふかふかのクッション。
 クラシック音楽とコーヒーとチョコレートの香りに包まれて眠るのも悪くは無いけれど。
 やっぱり、飽きなんて来る時には来てしまうものなのだ。
 言葉があれならマンネリとかホームシックと言い換えても良い。
 どんな豪華な寝床より藺草の匂いのする畳に寝転がりたい時もあれば、
 トルテとメランジェより煎餅齧りながら飲む安っぽい緑茶が恋しかったりする時もある。
「帰ろう」
 別に祖国に会いたいんじゃない、彼の家でしばらくほとぼりを冷ましたいだけなんだ。
 だって日本人だもの。



 カバンに財布と着替えとパスポートと放り込んだ所で留学先が現われた。
「#奈々、何処かへお出掛けですか?」
「うんまぁちょっとね」
 曖昧な言い方が何がしかの不安を煽ったらしい。
「あの、何処へ」
 そんな捨てられそうな猫みたいな目で袖引っ張んなよ。
「ただの里帰りだって。夏休みだし」
「だって貴女、先日まだ当分はここに居ると言ったじゃありませんか」
「……」
 言ったっけ、そんな事。
 今年度もお世話になります的な事は言ったと思うけど。学校の教務課に。
 何だろうこの切なくも愚かしい食い違いは。
「いや、新学期前にちょっとリフレッシュしようと思って。久し振りに畳で寝たいんだよ」
「TATAMIくらい私が買って差し上げますから!」
「……」
 何か斜め上辺りから引き止められた。微妙に横文字発音でタターミって言われた。
 ていうかこの人何でこんな必死なんだろう。ちゃんと戻って来るって言ってるじゃないか。
「……あのさ、一応確認しとくけどここんち学生は休み中でも親元に帰るなみたいな法律無いよね?」
「それはっ……ありませんが……」
「じゃあ何?あたしがリフレッシュの為に数日親元に帰る事の何が不満?」
「……それは、」
 相変わらずあたしの服を掴んだまま、言い難そうに目を逸らす。
 留学して気付いたけど、この人は他の欧米諸国ほどはっきりものを言わない。
 ツンデレと言えば良いのか、何かして欲しい時も何処か回りくどいもの言いで、
 その癖こっちがそれで反応に困ると察しなさいお馬鹿さんが!とくるのだ。
 国民性の問題か、それとも単にこの人も一人の人間というだけなのかは分からないけれども。
「ね、何が不満?聞いてみてまっとうな言い分だったらあたしだって考えるよ」
「……言ったらきっと貴女は笑うでしょうから、言えません」
「何それ、まっとうな言い分じゃないって事?」
「〜っお察しなさいこのお馬鹿!」
「無茶言うなよあたしのツンデレ読解能力は二次元限定だよ!」
 別に貴女の為にコーヒーを淹れた訳ではありませんからね!くらい露骨じゃないと読めないよ!
 努力しても流石に単語一つくらいはヒントが欲しいよ!

 (それはそうと先刻の台詞想像と微妙に違ってたな。反省。)



「大体貴女は郷土愛が強すぎます」
 どうにか宥めて近くのカフェまで連れてって、コーヒー一口飲んで落ち着いた第一声がそれだ。
 ツンデレ味が無くてもそれはそれで面倒だなこいつ。
「ホームシックで帰国するというならまだ分かりますが、貴女の場合は違うでしょう」
「あんま違わないと思うんだけどなぁ」
「お黙りなさい。親を恋しがるならまだしも、貴女ときたらTATAMIだのKIMONOだの和食だの」
「すいませんね島国なもんで文化が隔絶されてて」
「おまけにその八割方が食べ物で七割が魚料理ですし」
「うるさいやいタコを悪魔呼ばわりする奴に魚介類の美食的真髄が分かってたまるかー!」
 日本文化を恋しがって何が悪いんですか日本人だもの。
 あと食べ物が主なのは仕方が無い。この国魚介類恐ろしいほど無いんだもん。海が無いからだけど。
 動物園のライオン見る目と同じ目でマグロ見るんだもん一度掻っ捌いて食ってみればいいじゃない!
「ええ、確かに私は和食は食べ慣れていませんし、TATAMIやKIMONOにお目にかかった事も少ないです」
 ですが、とソーサーにカップを置く音が心なしか高かった。
「そんなものでしか貴女の心を引けないのなら……私は、彼に敵う術が何も無いじゃないですか……」
「……」
 彼って誰だろう。ああ、うちの祖国。
 つまりあれか、この留学先はあたしが頻繁に祖国へ帰るのに嫉妬していたと。
 あたしを引き止める為なら豪華なベッドより畳を選ぶのさえ辞さないと。
「何だぁ、そんな事考えてたのか」
「……笑いたければ好きになさい」
「やだなー真面目に素直に答えてくれたのに笑う訳無いじゃ」
「口元が歪んでいますよ」
「あらそう?」
 まぁ端から声出して笑う気なんて無かったけどさ。
「大丈夫大丈夫、祖国は確かに祖国だから大事だけどそういう方面で見た事無いから!」
 むしろ時々もうやだこの国って言いたくなるレベルだから!
 指摘されたので心置きなくにやにやしながら肩を叩くと痛いですよ、と怒られた。
「心配しなくてもここのトルテもコーヒーも超甘いチョコレートも好きだよー」
「食べ物だけですかこのお馬鹿さんが!」
「だって日本人だしー。あ、そうだ、どうせなら一緒に帰ればいいじゃん。休みだし」
「は?」
「一緒に海行ってクラゲ突付いてカキ氷食べて畳の上で蚊取り線香炊きながら寝よう!そうしよう!」
「……美味しいコーヒーを用意して下さるのでしたら……考えます」



おきぞくのおうち割とタコ食べてた。反省
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