シリフ霊殿
Schild von Leiden

トルテとセレナーデ
【セレナーデ(独・Serenade)】

  音楽形式の一。セレナーデという発音は南ドイツ及びオーストリアでのもの。
  18世紀以降ヨーロッパで盛んになった、管弦楽の為の比較的軽い性格の多楽章の楽曲。
  また一般的には、思いを寄せる女性の窓辺で相手を称える為に歌い奏される音楽の事を言う。





「どうぞ」
「わーいいただきまーす」
 ナイフで八等分されたケーキに行儀良く手をつける。今日のメニューはリンツァートルテ。
 フォークで切ってコーヒーと一緒に口に運ぶ。うん、美味しい。
「ここんちのケーキは何時来ても美味しいよね〜」
「当然です」
「また食べに来ても良い?」
「構いませんが、来る時にはきちんと連絡なさい。
 貴女の為だけにトルテを作り置きしておく訳にも行きませんし、何時も用意があるとは限りませんから」
 つんとした調子、でもマリアツェルの元気が幾分よろしいので今日の機嫌は悪くは無いんだろう。
 無感動を装う割には、必ず何処かしらに反応がある。 こういうのもツンデレって言うのかしら。
 何だかんだで毎回作りたてのを出してくれるし。出来てなかったら待たせてでも作るし。
 かといってそんな事ツンデレ相手に直球で尋ねる訳にも行かないので、フォークを銜えたまま向こうの様子をじっと見守る。
 機嫌が良いのは間違ってないらしく、近くにあったピアノに向かって、何かしら演奏を始めた。
 柔らかいテノールの歌声がそれに合わさる。歌曲なんだろうか。
 彼が歌ってる所を見るのは、初めてじゃないけど珍しい。よっぽど機嫌が良いんだろうか。
「何か聞いた事ある曲だね。モーツァルトだっけ」
 コーヒーを飲みながら声を掛けると、歌うのを止めてこっちを向いた。
「いえ、これはシューベルトのセレナーデです」
「へー」
 といってもドイツ語はさっぱりなので、何言ってるんだろうとぼんやり聞きつつコーヒーを啜る。
 おっと、啜ると怒られるんだった。
 どうでもいいけど国というのがつまり国土と国民の集合意識がどうこうしたものだとするなら、
 この人一人でソプラノからバリトンまで歌えたりしないだろうか。無理か流石に。
 アカペラでオペラの一幕くらいやれたらすごいと思うんだけど。出来そうな気もするんだけど。
「そういえばセレナーデって窓辺で恋人に歌って聞かせる曲じゃなかったっけ」
 ふと思いついた事を呟くと、今度はピアノを止める事無くそうですね、と返って来た。
「そういう趣向のものもあります」
「ん、それ以外もあるの?」
「ありますよ。アイネ・クライネ・ナハトムジークも形式としてはセレナーデですし」
「へー」
 コーヒーをまた一口飲んでから呟く。
「でもこれは完全に恋の歌だよね」

 ばぁん、と彼の演奏に似つかわしくない不協和音が響いた。

「……貴女、ドイツ語は分からないと以前……」
「うん、分からないけどね。この曲前に日本で恋愛ドラマのテーマ曲に使われたんだよ。
 だからまぁ少なくとも恋愛の歌だろうと思って」
「……!」
「シューベルトのセレナーデで検索すれば歌詞の日本語訳くらい出るかな。ちょっと後で調べて、」
「調べなくとも結構です!このお馬鹿さんが!」
「なっ、いきなり馬鹿呼ばわりされる筋合い無いんだけどこのトルテ馬鹿!」



折角おきぞくなので音楽ネタ。もうちょっとこりたかった
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