シリフ霊殿
Schild von Leiden

狗とそれから
 傷害殺人犯として逮捕した時に身元は調べた。育ちも調べた。
 何だ天人に食い込み損ねて没落したお貴族様じゃねェか下らねェ、
 どうせ尋問したって攘夷志士まがいの寝言ほざくだけなんだろ。
 武士でも無いから同類相憐れむって事も無い(アレ、使い方あってたっけ)、
 事によっちゃ一思いに斬り捨ててやろうとさえ思っていた。
 なのにそいつは俺の刀を見るなり自分を殺してくれと懇願してきて
 (そりゃァもう見てるこっちが笑えてくるくらいの必死さだった)
 曰く、己は知らない内に人を殺める極悪人だからさっさと死罪にしてくれと言う。
 箔付けで極悪人って名乗るのはともかくお前自分から死罪にしろなんて普通言うかよ、
 思って問いただしたら何でも危ないと思ったら手が勝手に動いて人を殺すらしい。
 しかも自分はその事を何も覚えてなくて、今だって何で捕まったのか分からないくらいだって言う。

 良くは無い頭で何考えたもんかさァ覚えてねェけど(多分斬る価値がどうとかそんなのだ)
 俺はそいつにおい、と呼びかけた。
「お前、人が殺せンならうちに来い」
 横で尋問やってた土方は何も言わなかった。って事はオッケーって事だ。
 山崎だってこのままじゃ立件出来そうも無いって言ってたし。





 今にして思うと、こいつが自我を手放すのはこいつなりに自分を守ろうとしてるからじゃないかと思う。
 #朔夜は、多分あいつが考えてる以上に脆い。
 何も覚えて無いっていうのは、怖い想像ってだけで済んでるのは、きっとそれが最後の砦だからだ。
 自分が平気な顔して人斬ってるなんて確信したが最後、あいつはまともじゃ居られなくなるだろう。
 例えそうなって仕方無いような理由がどっかにあったとしても、だ。
 だから今日あいつを化け物なんて言ったテロリストはその場でミンチにしておいた。
 馬鹿野郎うっかりあいつに聞こえたらどうすんだ、笑いながら人斬るくらい俺だってやってんだろ。
 しかも俺はきちんと正気だし。どーだィ俺の方が化け物だろ?

「沖田さん、わ、私、わたし」
 でもごめんなァそれやったの俺なんだなんて言ってもどうせ信じては貰えないだろうから、
 ただ黙って肩を叩いてやる。言わなきゃならない言葉を全部飲み込んで。
 ごめんなァ、お前に隊長なんて呼ばせたかった訳じゃない、お前に人殺しさせたかった訳じゃない、
 けどお前を守ってやるにはこれしか方法が無かったんだ。
 俺なら多分お前が刀を向けて来たって笑ってられるし、そうそう殺されてもやらない。
 お前がどんな化け物だったって俺なら笑ってその肩を叩いてやれる。
 俺の傍に置いておけばお前を守ってやれるって、空っぽの俺の頭じゃそれしか思いつかなかったんだ。
 それでお前がどれだけ苦しむかなんて全く考えもつかなくて、
 (ごめんな、#朔夜)

 それなのにお前がいつまで経っても刀を向けて来ないのがたまらなく嬉しくもあるんだ。





「落ち着いたか」
「……はい」
「そっか」
 肩を叩くのを止めるのは、#朔夜がいつもの#朔夜に戻ったから。
 鈍くてドジで俺にからかわれては涙目になってるいつもの#朔夜だ。
 いつもと違うお前に近付けるのは俺だけ。触っていられるのは俺だけ。
 それは嬉しい。
 けどいつものお前が近付いてくるのは俺だけ。触ってくるのも俺だけ。
 それもまた嬉しい。
「んじゃ帰りに何か食って帰ろうぜィ。お前の奢りな」
「えええええ!」

 詰まる所こいつなら何でも良いんだなァなんて、最近気付いた。



沖田視点
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