シリフ霊殿
Schild von Leiden

狗とそれから
「すぐ行かんとまた敵さんに逃げられるぞ!手の空いてる奴は来てくれ!」
「今日の非番は一番隊か……総悟はどうせ買い食いだろうしすぐ捕まるな」
「トシ……あいつはどうする」
「……人手が足りねェんだ。出て貰うしかねェだろ」
「……」
「大丈夫だ、総悟が居る。あれの相手はあいつが一番上手いからな」





 如何して自分はこんな所に居るのだろうか。
 勿論今更首にしてくれなどと言える訳も無いが、
 現場に立たせるのを恐れてデスクワークを押し付ける位なら初めから雇わないでいて欲しかった。
 戦いから離れれば離れるほど、いざ刀を握った時の制御の仕方を忘れていくのだから。
「おい」
 毎回誰かの声で我に返った時の、この絶望感といったら無い。
 目の前は血の海で、記憶は無くともそれは自分がやったのだと分かる。
 先刻まで談笑していた筈の仲間達は恐怖に震え、
 かつて彼らに縄を打たれた傷害殺人犯へ向ける目で自分を見る。
 違うんだやったのは私じゃない、誰かに攻撃されそうになると頭が真っ白になって、気が付いたらこうなっているんだ。
 言い訳はし飽きたからもうしない。どうせ見苦しいだけだ。
 自分の過去やトラウマを話したところで、それで自分を理解して貰える訳でも無い。
 精神鑑定なんてものは慰めにもならない。
 求めて拒まれる位なら、いっそ何もかも諦めていた方がましだった。
「おい」
 何故こんな惨めな思いをしてまで自分は生きているのだろう。簡単な事、自分から死ぬ度胸が無いからだ。
 だからあの時だって死罪にしてくれと無様に泣いて懇願したというのに、
 横暴なあの男が悪人でないのなら是非己の部下に欲しいと言った。
 或いは誰かが殺してくれないものかと思ったが、
 あの男に無理矢理鍛えられた腕はそうそう死ぬ事を許してくれもしなかった。

「呼んだら返事しろっつってんだろィ」
「きゃん!」

 全ては今己の頭を小突いたこの男の所為だ。
 加虐趣味の極みと呼ばれる彼は、決して自分に安寧など与えてくれはしない。
 死にたいという自分の願いをことごとく退け、何としてでも生かそうとする。
「……沖田、さん」
「おう」
 小突かれた頭を押さえて振り向くと、男は何だちゃんと返事出来んじゃねェかと言って笑った。
 何故そんな嬉しそうな顔をして笑うのかが分からない。
 周囲が怯えている中平然と話し掛けて来れるのは彼の腕前故だろうが、何故反応されて嬉しがるのか。
 全くもってこの男が理解出来ない。
「……返事が来なかったら、どうする心算だったんですか」
「んーそうだなァ……とっ捕まえてふん縛って廃人になるまで痛めつけてから殺すかな」
「……」
「だってお前どうせ狂った振りして殺される心算だったろ」
 図星なので黙った。
 この男は自分に死にまつわる単語を出されるのを酷く嫌っていて、
 出そうものならそれこそ先刻の小突きの比ではない勢いで痛めつけられる。
 それは決して死には結び付かないただの拷問であったので、自然と口を噤むようになった。
「……沖田さん」
「んー?」
「……いいえ」
 けれどもこの男は今、自分を殺してくれると言った。
 勿論それは自分の意識が完全に血の海に呑まれた後の事、罪悪感も感じなくなってからだけれど、
 少なくとも己が今一番恐れている事柄だけは回避してくれると、言外にそう言ってくれたのだ。

「帰るぜィ」
「はい」
 血脂の巻いた刀を鞘に仕舞いながら、自分は死ぬまでこの男について行くのだと思った。



創作と31巻とマイブーム
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