シリフ霊殿
Schild von Leiden

解像度エラー
 どん、と後ろからぶつかられて、振り向いたら元就だった。
「元就?どうしたのいきなり」
「む……」
 訝しげに眉を寄せてこちらを睨んでいる。
 何だ、機嫌でも悪いんだろうか。それにしては妙な違和感が。
「其方……#奈々か?」
「え?ああうんそうだけど……ってあれ、あんた眼鏡どうしたの」
 違和感の正体が分かった。眼鏡が無いんだ。
 恐ろしく視力が悪くて、むしろ顔が眼鏡の一部のようなノリで掛け続けてる癖に。
「伊達と真田がよってたかって暴れて……壊れた」
「ああ……」
 またやったのかあの二人。
 ライバルだか何だか知らないけど、ぶつかり合う度に何かを壊してくれる。
 学校の備品だけでは収まらず、遂に他人にまで被害が及ぶようになったらしい。
「一応弁償はすると言っておったが、予備のものは家でな」
 元就は至極迷惑そうにそう言って目をぐしぐしと擦った。
「……元就って視力いくつだっけ」
「低すぎて覚えておらぬ。乱視も入っていると言われたし」
 えっ、それ相当やばくないすか。
「それ大丈夫なのっていうか元就今日家まで帰れる?」
「問題は無い」
「まぁ大丈夫ならいいけど……」
「此処へ来るまでに数回壁にぶつかった程度だ」
「問題ありまくりじゃん」
 壁にぶつかるって、まっすぐ歩けてすらいないじゃん。
 しかも壁のついでにあたしにまでぶつかったよね。
「後は生徒会の仕事を済ませて家に帰るだけで……」
「いや、そこは帰ってからおうちでやりませんか」
「しかし一人では少々量が」
「あたしが手伝いますから帰りませんか」
 というか壁にぶつかるような視力でどうして書類が見えると思うんだ。
 下手したら下校時間になるまで同じ書類睨みっ放しなんじゃないか。
「何だ、普段は我が手伝えと言っても渋る癖に」
「いやまあちょっと今日はね」
 流石にあたしも放っといたら電柱にぶつかりそうなドジっ子には優しいと言いますか。
 ていうか本気でぶつかりそうなんで一緒に帰っていいですか。



「ほら、元就こっち」
 鞄を持った元就の手を引きながら、ゆっくりと家への道を歩く。
 何かこうしてると昔ボランティアで視覚障害の人の案内をした事を思い出すというか、
 ぶっちゃけこいつ風呂でどうやってシャンプーとリンス見分けてんだろうとか思う訳で。
 あれかな、ボトルの横についてるギザギザかな。あれそういう用だよね。
 もしくはリンスインシャンプーという奥の手か。或いはダークホース石鹸か。
 うーん、家まで送ったついでに風呂場覗いてみようかな。
「……元就?」
 当の元就は見えない事だしさぞかしあちこち見回して歩くんだろうと思ってたら、意外にも前だけをしっかり見つめていた。
 ちゃんと歩けてるか確かめようと振り返る度に目が合う。
 その度に何どうしたのと声をかけるけど何でもないと帰って来る。
 まぁ見る場所が無いから仕方なくあたしを見てるだけなんだろう。
 だから途中からはあんまり気にしない事にした。





「元就、予備の眼鏡って何処?」
 家についても危ないので居間のテーブルに座らせたままあたしが眼鏡を探す。
「机の引き出しのどれかに入っている」
「どれかっておい、雑だなー眼鏡泣くよ」
 とりあえず空き巣のように下から順に引き出しを開けていく。あった。
 ……大丈夫かなこれ、何か古そうなんだけど。
 とはいえそれ以外に見付からなかったので仕方無く持っていくと、
 元就は礼を言って掛けて、何度か瞬きをしてからまた外した。
「え、何、度が合ってなかった?」
「いや……」
 訝しそうに眉を顰めながらずっとこっちを見ている元就。
 何ですか、あたしの顔に何か付いてますか。
「貴様だけは、掛けても外しても見え方が変わらぬな」
「何それ」
 あたしの顔は普段からぼやけていると?
「眼鏡を掛けておらずとも、貴様を見間違える事は無いという事だ」
 元就はその辺の布で眼鏡を拭きながらあっさりとそう言った。
 それは果たしてフォローになっているんだろうか。
「……まぁ、一応よく傍にいますからね」
 とりあえずそれだけ言って、麦茶を取りに台所へ引っ込む事にした。



お題『眼鏡』。学バサのあの格好が大好きです
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