シリフ霊殿
Schild von Leiden

頭の黒い猫
 前略、うちの殿に猫耳が生えました。



 世間では年々酷くなるすとれす社会を生き抜く為に、猫などの動物、
 或いはそれらの耳や尻尾を生やした人間に癒しを求めるという話を聞きますが、
 如何せん生えたのがうちの殿なので癒しも何もあったもんじゃありません。
 眉間の皺が三割増なんでむしろ怖くて誰も近付きません。

「ていうか元就様に一体何があったんです」
「何でも肥後で南蛮人の男に菓子を頂いたとか……」
 ああ、やっぱその辺か。
「戻す方法などは分かっているんですか?」
「問いただした所、数日放っておけば元に戻るだろうと」
「うわぁある意味一番厄介」
 数日間あの不機嫌な殿の更に不機嫌な面見て過ごせって事ですよね。
 泣くよ、侍女。
 ていうかあたしだよ侍女。泣きたいよあたし。元就様こええよ。

「それはそうと元就様がお茶を所望しておられましたよ」
「げ」





 恐る恐るお茶を淹れて持って行くと、元就様は文机の方を向いて執務中だった。
「お茶を淹れて参りました」
「うむ」
 幸いな事に書き物に夢中であたしの方を見ようともしない。
 お陰でお茶だけ置いてさっさと退散する事が出来……
「時に其方、清水から何か聞いては居らぬか」
「え」
「この姿を治す法を聞き出す為に南蛮へ使いにやったのだが、未だ沙汰が来ぬ」
 あの元就様ふぁんくらぶ会員番号一番、まだ報告に行ってなかったのか。
「おかしいですね、それなら先刻聞……」
 口を滑らせてからしまった、と思った。
 会員番号一番がどうして真っ先に元就様の所に行かなかったのか見当がついてしまったから。
 けれど時既に遅く、元就様は書き物をしていた筆を置いてこちらを見た。
「聞いておるのか。どのような法だ、申せ」
 ええと、仮にこの場で数日放っておけば治りますよって本当の事を言った場合ですね、
 聞いた瞬間の元就様の一番不機嫌な表情向けられるのあたしじゃね?
 ついでにもしかすると八つ当たりも飛んできたりして来ね?
 あの会員番号一番、もしかしてそれが嫌で報告を延ばし延ばしにしてたんじゃないだろうか。
「い、いやーそういう事は清水様に直接聞いた方がより詳しく……」
「その様子からして其方も大方の事は聞いておろう。申せ」
「えっといやほらあのあたしの説明じゃ分かり辛いんじゃないかなーとか」
「説明を必要とするものなのか?」
 あっしまったこれ墓穴じゃ
「良い。分かるだけ申してみよ」


 \(^о^)/


 やばい終わったこれ絶対終わったよね、だってそもそも説明しなきゃいけない事なんて無いもん
 数日で治りますの前にどんな説明つければ元就様に納得してもらえるもんかさーどうしようか
 いっそ口から出任せ言って数日経てば効果が出ますとか言ってこの場だけ取り繕うか
 万が一バレても責任の大半は会員番号一番に行くしあたしは聞き間違えたとか何とか言っておけば
「……ええっとですね」
 元就様が一回瞬きをするまでの間によくもまあこれだけ頭を回せたもんだと自分でも思う。
 多分瞬間回転数は自己ベスト。
「数日間まるで本物の猫のように語尾に『にゃ』と付け他人には愛想良く媚を売るように接しろと」
「何だ、大した事では無いではないかにゃ」
 よっしゃ信じた。
 後は帰ってこの事をこっそり城中の人間に回しておけば、
 しばらく口の中噛んで腹筋を鍛える羽目になるかもしれないけどまぁどうにかなるだろう。
「で、ではあたしはこれで失礼しま……」
「#奈々」
「は」

「大儀であったにゃ」



 湯呑み落とすかと思った。想像以上の破壊力だ、元就様の媚。



お題『猫耳』。ありがちありがち
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