シリフ霊殿
Schild von Leiden

背をまもる理由
 このお坊ちゃんが、と冗談半分でいいから言ってやりたくなった。
 彼からすれば中小大名からの成り上がりなんてお坊ちゃんの内には入らないんだろうけど、
 百姓上がりのこっちから見れば十分お坊ちゃんの域だ。
 戦場で後ろに立たれるのをあれ程嫌う癖に、無防備に背中を晒してつっ立っている。
 何の指示も無い。ただ立っている。
 まるで立っていればこちらが勝手に意思を汲み取ってやってくれるだろうとばかりに。
「……#奈々?」
 つまり何が言いたいかというと、
「手が届かぬ。結べ」

 自分の戦装束くらい一人で着付けろって事だ。



 今まで着ていた袖の長い鎧も、その長さ故に一人では着けられない。
 鎧を腕に着せる役が要り、随所の紐を結ぶ役が要り、
 着けてしまうと大きな物が持てなくなるから兜を被せる役も要る。
 毎回家臣数人がかりで着せるのも何だという事で、
 舞台が厳島になるこの戦を機会に、装束を若草色の水干に変えた。
 一応大将だから布地に細かい装飾が施されているのは仕方が無い。この際目を瞑ろう。
 これなら最悪頭からすぽっで済む訳だ。
「でもこんな可愛らしい結び紐を背中にまでこしらえる必要は無いと思うんです」
 しかもご丁寧に飾り結びで。お陰で結ぶのが毎度結構な手間だ。
「肩の布を固定したいだけなら、金具やちょうちょ結びでだって良い訳ですし」
 というか鎧より大分防御力が落ちてる気がするんですが大丈夫でしょうか。
 布じゃなくて肩当てとかにした方が良いような気がする。
 ……まぁ、普段からあんまり傷は受けない人だしな。
「我の装束にどのような意匠を凝らそうが我の勝手であろう」
「うんまぁそうなんですけどね」
 結局毎回家臣にこうして結んでもらってるんですよね。
 あんまり前と変わってないというか、お坊ちゃん度が増したというか。
「大体その役も貴様一人で済んでおるのだ」 
「まぁ確かに三人がかりに比べればましな方ですけど」
「嬉しいか」
「……はぁ?」
 何を後ろ振り返って不思議そうな顔してるんだこの人は。
「貴様一人の役目にしてやったのだぞ」
「えっと、あの、嬉しがって欲しいんですか?」
「……」
 あ、やばい、この顔は図星だ。
 さっさとどうにかしないとまた拗ねられる。盛大に拗ねられる。
 それでいっぺん戦場まで来て長曾我部置き去りにして帰ったからなこの人。
「え、ええと、はい、結び紐出来ましたっ!」
 背中をぽんと叩いて無理矢理に注意を逸らす。
「……緩くないか?」
「きついと逆に身動きが取りづらくなりますよ」
 まぁ緩いと走る度に揺れて背中でぱたぱた言うんだけどね……
「途中で解けたらどうする」
「知りませんよそんなの。まぁそんな柔な結び方じゃないとは思いますけど」
「解けた時が面倒だ。貴様、今日の戦我に従軍せよ」
「はぁ!?」
「結び直す役が要るであろう」
「だから何であたしが……」


 まぁ、いいか。



まもる、を掛詞にした記憶
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