文月某日、季節の土産を手に中国へ赴く。
死んだのか一通り遊んで飽きたのか、または元就が折を見て逃がしたのか、
籠の中から先月の蝸牛の姿は消えていた。
代わりに数匹の虫が入っているのが見えて何とも微笑ましい。
ようやっとこの部屋も子供の居る景色っぽくなってきたな、と思う。
「懲りぬな貴様は。何をしに来た」
まぁ当のこいつには残念ながら表立った変化は見られない訳だが。
「#奈々とお前見に来たじゃ駄目なのかよ。ほら土産」
熟れた瓜を差し出すと、元就はあっさりと矛を収めた。
「・・・剥かせて来る。#奈々を呼べ」
案の定。
こいつの甘いもの好きは重々承知している。
案外#奈々と一緒にあれこれ食ってるんじゃないか。
#奈々は庭で鍛錬をしていたらしかったが、切った瓜の皿を縁側に置いてやると喜んで飛び付いて来た。
美味そうに瓜を頬張る姿を横目に見ながら、#奈々の反対隣に居る元就に話しかける。
「どうだ、その後の調子は」
「鍛錬の様子ならば見たであろう。滞り無く進んでおる」
「いやそっちじゃねえよ」
「ならば何だ」
「良い里親やってっか?」
「……」
#奈々の頭越しに湯飲みを投げつけられた。
寸での所で受け止め危ねぇな、と返す。
割って侍女に説教を食らうのも見てみたいが湯飲みが勿体ねえしな。
「里親とは何だ!貴様まともにこやつの親族を探す気は無いのか!」
どうやら里親という言葉が不味かったらしい。
まぁ、少なくとも元就は親族が見つかるまで世話をするってだけの話だったしな。
「ただの言葉の綾だろうが。無かったらこうして逐一アンタに報告しに来たりしねぇよ」
難航してるのは事実だけどな。
流石に本人が瓜食ってる隣で言う訳にはいかずに俯く。
少なくともこっちの言葉が喋れなくなるくらいには長く向こうに居た訳だし、
船が難破したか高波にさらわれたか、どちらにしても家族が残ってる可能性は低い。
こういう方面には察しが良い元就はそうか、とだけ答えて話を切った。
今回ばかりはその淡々とした態度が有難い。
子供は大人の感情を読むのが上手いと言うが、流石にこの氷の面は読み切れねぇだろ。
……言ったら今度こそ湯飲みじゃすまねぇと思うが。
「まぁ、我としてはこやつを立派な駒とするまで手元に置いておくのはやぶさかではないが」
「言うと思ったよ」
「ふん」
元就は澄ました顔で茶を啜っている。
慰めか、慰めなのかこれは。それとも素で言ってんのか。さっぱり分からねぇ。
「美味いか、#奈々」
湯飲みを傍らに置いて元就が#奈々に話しかけた。
#奈々は口の周りを瓜の汁でべとべとにしながら是!と返す。
少し前までなら大陸の言葉に首を捻っていた元就だが、そうか、と普通に返事をしている。
流石に何ヶ月も一緒に居ると分かるようになって来るらしい。
「しかしよく食うなお前、もうちょっと持ってくりゃ良かったか」
大き目のを選んで持ってきた心算が、縁側に置かれた皿には既に瓜の皮が積み上がっている。
よく体を動かすだけよく食べるって事か。
名残惜しそうに最後の一切れに手を伸ばしたところで、はっと手が止まった。
自分で瓜を一つ丸々食べてしまった事に今気付いたらしい。
「哥々……」
おずおずと最後の一切れを元就の方に向けて差し出す#奈々。
元就が甘いもの好きだって知ってるんだろうか。(ならやっぱ一緒にモノ食ってんのか)
「我は要らぬ。其方一人で食べるが良い」
そして元就のこの発言にもびっくりだ。俺相手だったら俺の分奪ってまで食う癖に。
が、#奈々の方も首をぶんぶんと振って瓜を元就の方に渡そうとしてくる。どうでも食べてもらいたいらしい。
「哥々」
「……では、少しだけ貰おう」
しゃく、と瓜の一隅が元就によって齧り取られる。
「うむ、美味であったぞ。後は其方が片付けよ」
懐紙で軽く口元を拭って、後は#奈々が食べるのをじっと眺めている。
俺の分まで瓜を奪って食ってたお前は何処に行ったんだ、というか。
「……親らしくなったなぁ」
うんうん、と頷いていると、元就から丸めた懐紙を投げつけられた。
この頃の季節の果物って瓜であってますか